取材リポート みんなの冷蔵庫で目指す
誰もが生きやすい社会

みんなの冷蔵庫で目指す誰もが生きやすい社会

2024年12月、長野県千曲(ちくま)市にある更埴(こうしょく)ライオンズクラブの事務局内に、「みんなの冷蔵庫ちくま」が開設された。クラブは社会福祉協議会やNPOなど9団体による運営委員会を組織。一人親世帯などで生活に困難を抱える人たちに、市民や企業から寄付された食品や日用品を提供している。誰もが生きやすい地域社会の実現を目指し、大きな一歩を踏み出したクラブの取り組みをリポートする。





人口約5万7000人の千曲市は、2003年に更埴市、戸倉町、上山田町が合併して誕生した。更埴ライオンズクラブ(山口和紀会長/16人)は1966年に旧更埴市で結成され、60年にわたって地域への貢献を続けている。クラブの本拠地である事務局は千曲市役所から歩いて10分ほどの場所にあり、道路に面した入り口を入ってすぐ、壁で仕切られた15平方メートルほどの一角が「みんなの冷蔵庫ちくま」の倉庫になっている。

更埴ライオンズクラブが運営するみんなの冷蔵庫ちくまは、現在は月2回の利用日を設け、あらかじめ登録した人が食品を取りに訪れる。取材した5月11日は、午前10時のオープンと同時に、乳幼児をおぶった母親など4組がやってきた。倉庫の棚には調味料やカップ麺、缶詰、レトルト食品、菓子類の他、衛生用品などの日用品が置かれている。開設当初は菓子類は提供していなかったが、子ども連れで訪れる利用者が多いため用意するようにした。「令和の米騒動」で入手困難な状況が続いている米も、3kg入りが16袋並んでいる。この日は、飲食店を経営するクラブメンバーが市場で仕入れてきた葉物野菜も提供され、利用者からは「すごく助かります」「野菜もあるなんてうれしい」と喜びの声が上がった。

更埴ライオンズクラブの事務局は科野(しなの)青年会議所と合同で使用している。以前はNTTの営業所だった建物で、敷地内には広い駐車場がある

生活に困窮する人が無料で食品などを受け取れる「コミュニティフリッジ(公共冷蔵庫)」は、2012年にドイツで始まったとされる。日本ではコロナ禍の2020年に岡山市や神奈川県横浜市で設置され、各地に広がりつつある。みんなの冷蔵庫ちくまは、長野県内で初のコミュニティフリッジだ。

更埴ライオンズクラブは2023年6月からこの事業の検討を始め、半年間にわたって議論を重ねた。そして、まずは3カ年計画で開設することを決めると、長野県の「地域発元気づくり支援金」に事業計画書を提出。支援金約70万円の交付を受けて、クラブ事務局内に倉庫を設ける工事を行った。

倉庫の整備を進める傍ら、クラブは行政との打ち合わせの他、社会福祉協議会や商工会議所、商工会、JA、科野青年会議所、近隣のライオンズクラブに事業計画を説明し、理解と協力を要請。更に、公平公正な運営を図るため、社会福祉協議会や介護施設、こども食堂など関連する9団体による「みんなの冷蔵庫ちくま実行委員会」を組織し、現状の把握や意見交換を行った。こうして1年以上をかけて周到に準備を進め、24年12月22日に開所式を迎えると、その模様は全国紙を含む新聞各社で報道された。

利用者は備え付けの袋1枚分の食品と、米1袋まで持ち帰ることが出来る

この事業の提案者で、みんなの冷蔵庫ちくま実行委員会の委員長を務めるのは、元千曲市長の岡田昭雄さんだ。更埴ライオンズクラブはコロナ禍前から年2回のフードドライブを実施し、集まった食品を福祉団体へ提供してきた。その活動の中で、必要な人に支援が届いていない現状が垣間見えた一方で、企業や農家からは「深刻化する食品廃棄の問題を何とかしたい」という声も聞こえてきた。それらを総合的に解決するために取り入れたのが、コミュニティフリッジの仕組みだ。岡田実行委員長は、事業の意図をこう説明する。

「大きな目的は『ウェルビーイング』の社会、精神的にも社会的にもみんなが満たされる社会の実現です。そのために私たちライオンズクラブにどんな貢献が出来るかを議論し、みんなの冷蔵庫ちくまがスタートしました。生活に困っている方々のセーフティーネットの役割を果たすと共に、余った食品を有効活用して廃棄コストを削減する効果も期待しています」

この日は飲食店経営のメンバーが用意したホウレンソウとレタス2種も提供

欧米のコミュニティフリッジはいつでも誰でも自由に利用出来るのが一般的だが、クラブでは当面、第2・第4日曜日の月2回、10時から15時にオープンし、クラブメンバーが交代で受付を担当している。利用出来るのは児童扶養手当、就学援助の受給者や、生活困窮者自立支援などの対象者で、生活保護を受給していない人。現在は32世帯の登録があり、一人親世帯や、5人の子どもがいる大家族、障がいのある子どもがいる世帯など、それぞれに事情を抱えている。

食品や日用品を寄付する「フードプレゼンター」の個人や商店、企業も、安全を確保するために登録制にしている。物品寄付の他にも、事業に賛同する個人や企業に呼びかけて賛助会員(年会費1口1万円)を募集。フードプレゼンターの登録は30件、協賛企業は54社に上り、地域に支援の輪が広がっている。

取材時点では冷蔵設備はなかったが、6月にはフードバンク信州から業務用冷蔵庫の貸与を受け、倉庫を拡張することになった。名実共にコミュニティフリッジとなり、更なる支援の拡充を図ろうとしているところだ。

利用者から寄せられた感謝の言葉

3カ年計画で始まったこの事業。クラブは地域の協力を得ながら継続していくことが重要だと考えている。
「将来的には、ソーシャルビジネスやNPOへ転換する方法もあると思います。ライオンズクラブがどういう形で関わっていけばよいのかを含めて、3年かけて検討し、次のステップに進みたいと考えています」(岡田委員長)

受付スペースの壁に設置されたメッセージボードには、利用者から寄せられた感謝の言葉が貼られていた。クラブでは困りごとや悩みを記入してもらえるように自由ノートも設置。これまでのところ記入はないが、内容によっては関係機関に伝えることにしている。社会的な孤立を防ぎ、「困った時はお互いさま」の精神で支え合える地域を目指して、更埴ライオンズクラブの歩みは続く。

クラブ情報:長野県・更埴ライオンズクラブ


【会員数】16人
【結成日】1966年9月13日
【スポンサークラブ】上田ライオンズクラブ
【クラブの特色】今年度に入って、JCの卒業生ら3人が入会して若い仲間が増えた。クラブ例会後の懇親会は自由に言いたいことが言い合える場で、和気あいあいとした雰囲気づくりにつながっている。「みんなの冷蔵庫ちくま」というはっきりと目に見える形の活動によって、市民にライオンズクラブの存在意義が再認識されつつあると感じると共に、新たな会員の入会につながると期待している。
【例会日時】第2・第4火曜日18:30〜20:00
【例会場】きばらし