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薬物乱用防止活動

次代の若者へつなぐ薬物乱用防止活動
2023年1月、広島フェニックス ライオンズクラブが開催した大学生薬物乱用防止認定講師のスキルアップ講座

3月13日〜17日にオーストリア・ウィーンで開かれた国連の麻薬委員会に合わせて、国連薬物犯罪事務所(UNODC)のユース・フォーラム2023と、公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター(DAPC)主催のサイドイベントが行われ、日本から3人の大学生が派遣された。3人はDAPCと日本のライオンズクラブが共同で認定する薬物乱用防止教育認定講師として活動する大学生で、国際社会に日本での活動を紹介し、薬物乱用防止の重要性を呼びかけた。

派遣されたのは、広島出身で明治大学4年の横路萌さん、広島修道大学2年の松長明音さん、比治山大学3年の西沖魁晟さん。DAPCが「ダメ。ゼッタイ。」国連支援募金(※)30周年を記念して企画運営を手がけ、日本政府主催で14日に行われたサイドイベントには、3人が参加して薬物乱用防止教育認定講師の活動について発表。28カ国34人の若者が3日間にわたって討論し提言をまとめたユース・フォーラムには、横路さんが参加した。大学生3人の派遣は、14年前から大学生の講師育成に取り組んできた広島フェニックス ライオンズクラブ(中村幸裕会長/60人)と、一般社団法人日本ライオンズ(村木秀之理事長)、八複合地区の協力によって実現した。

DAPCとライオンズによる薬物乱用防止教育認定講師養成の事業は、ライオンズ・メンバーの講師を育成し、地域の青少年の薬物乱用を未然に防ぐことを目的に1997年に始まったもの。これまでに述べ6万7000人が認定講師となり、毎年約5000校の小中学校で薬物乱用防止教室を開催している。今回のイベントで、その活動が若い世代へも引き継がれていることが世界に向けて発信された。

「『ダメ。ゼッタイ。』〜愛する自分を大切に」と題して行われたDAPCのサイドイベントで発表を行う大学生たち

DAPCの前身である財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター(2012年に公益財団法人に移行)は、1987年6月に厚生省(当時)と警察庁の所管の民間団体として設立された。前年の東京サミット(主要国首脳会議)で麻薬乱用撲滅に向けた各国首脳の決意が宣言され、国際的に問題解決への機運が高まる中、ボランティアや民間団体等の協力の下に、薬物乱用防止の普及啓発を強力に推進することがその目的だった。一方、ライオンズクラブ国際協会では、1982年に就任したエバレット・J・グラインドスタッフ国際会長が、国際会長プログラムで青少年の薬物乱用防止の重要性を訴え、世界中のライオンズに行動を促した。その後、若者に自尊心を育てることで薬物やアルコールの乱用を防ぐ教育プログラム「ライオンズクエスト」をスタートさせるなど、薬物乱用防止はライオンズの青少年に対する支援の柱の一つとなった。

日本での薬物乱用防止活動は当初、薬物追放を訴えるパレードやポスター展の開催、パンフレットの配布などが中心だったが、1997年になって、麻薬・覚せい剤乱用防止センターと330-A地区(東京都)が共同で薬物乱用防止教育認定講師を養成する事業がスタートした。「ダメ。ゼッタイ。」の標語を掲げ、青少年に薬物に関する正しい知識を伝え、乱用を未然に防ぐこの取り組みは、まもなく全国のライオンズクラブへ波及。各地区で行われる養成講座を修了したライオンズ・メンバーの認定講師は、地元の小中学校で開く薬物乱用防止教室で、薬物の心身への影響に関する知識や、友人に誘われた時の対処法など、薬物から自身を守るための知恵を教えている。この事業は有効性が認められ、2006年からは内閣府と厚生労働省、文部科学省、警察庁の後援を受けて実施されるようになった。

広島フェニックス ライオンズクラブが育成した最初の大学生講師による薬物乱用防止教室(2010年2月、ライオン誌撮影)

広島フェニックス ライオンズクラブが薬物乱用防止の活動を開始したのは2002年。翌03年に市内の小学校でメンバーの認定講師による薬物乱用防止教室を開くと、その後は小学校だけでなく、中学校、高校、大学へと対象を広げていった。その活動の中から生まれたのが、大学生の認定講師を育てるというアイデアだった。

より年齢の近い大学生が講師を務めることで、子どもたちは親近感を持ってその話に耳を傾け、教室の効果がいっそう高まるに違いない。そんな考えと同時に、大学生が薬物の危険性について知識を蓄え、乱用防止のために活動することが、周囲の大学生にも良い影響を及ぼすという期待もあった。2000年代半ばには、大麻に似た成分を含む「合法ハーブ」など危険ドラッグの流行が表面化し、インターネットの普及と相まって、若者への蔓延(まんえん)が危惧されていた。クラブが大学生を薬物乱用防止活動に巻き込もうと考えたのも、東京の大学生による大麻事件の報道がきっかけだった。

2009年、広島フェニックス ライオンズクラブは広島国際学院大学と連携して、全国初の大学生認定講師12人を誕生させると、彼らと共に小学校7校、高校1校で教室を開催。翌年には大学内に学生講師のサークルが出来、毎年新たな講師を増やしていった。その動きは、同じ県内の福山北、福山新市、尾道の各ライオンズクラブや、高知桜ライオンズクラブなどに広がって各地で大学生講師が活動。また、香川県・こんぴらライオンズクラブでは高校生講師の育成に取り組んでいる。

クラブは大学生講師の活動を更に広く知ってもらおうと、2019年11月に広島で開かれた第58回東洋・東南アジア・ライオンズ(OSEAL)フォーラムの展示会場にブースを設けて学生講師の活動を紹介。地元広島と高知の大学生講師が参加し、活発な意見交換も行われた。

広島フォーラムに合わせて行われた大学生講師による意見交換(2019年11月、広島フェニックス ライオンズクラブ撮影)

今回、ウィーンへ派遣された大学生の一人、広島修道大学で心理学を専攻する松長さんは、中学生の頃から警察官など人の役に立てる仕事に就きたいと考えていたと言う。その志が、薬物乱用防止活動への参加につながった。
「大学の報告会で、先輩が活動について話すのを聞き、そうした知識を蓄えることで将来に生かせると考えました。職業としてでなくても、日常生活でも困っている人をサポートするなど、この経験を生かしていけると思います」
新型コロナの影響で対面で教室を開催する機会は限られているが、子どもたちに伝わるように分かりやすい言葉を使ったり、関心を引くようにキャラクターを用いた映像を使って薬物の断り方を説明したり、工夫を凝らしていると、松長さんは話す。

ライオンズが育成した大学生講師の活躍は高く評価され、広島県では2017年から大学生講師を「広島県ヤング薬物乱用防止指導員」として委嘱する独自の制度がスタートした。現在は、5大学67人の大学生がヤング指導員となって県の薬物乱用防止の運動に参加。ライオンズによる大学生講師育成の取り組みにも県の協力が得られるようになった。

今年1月30日、広島フェニックス ライオンズクラブが広島修道大学で行ったスキルアップ講習では、広島県健康福祉局薬務課麻薬グループの主任で、麻薬取締員でもある平本春絵さんが講師を務めた。受講したのは、松長さんら認定講師の資格を持つ心理学科の学生5人だ。

この日の講習で、まず最初に平本さんが大学生に投げかけたのは、令和3年(2021年)大麻事犯の検挙者数とそれに占める30歳未満の割合に関する質問。正解は「検挙者数約6000人(5783人)」「30歳未満は7割」だ。昨年6月に厚生労働省が公表した令和3年の主な薬物情勢のプレスリリースには、「『大麻乱用期』であることが確実」という深刻な事態が記されていた。大麻事犯の検挙人員は8年連続で増加し過去最多を更新。前述の通りその約7割が30歳未満で、若年層における乱用拡大が顕著であることが明らかになった。しかも、20歳未満の少年の検挙人員数は1000人で、初めて1000人台に到達。その中には高校生189人、中学生8人が含まれていた。

若い世代に広く普及するSNSには、「大麻には害はない」「海外では合法だから安全」といった誤った情報が流布されている。講習の中で平本さんは、それらがうその情報である科学的根拠として大麻が脳に及ぼす影響の調査研究結果を示し、特に青少年期の大麻乱用は精神疾患(統合失調症など)の発症リスクが増加して持続的な悪影響を及ぼすことを説明。また、既に薬物乱用がはびこっている国々では、より危険な薬物の使用を食い止めるなどの消極的な目的で大麻を合法化しているもので、日本とは全く事情が異なることを分かりやすく解説した。

専門家の高い知識と麻薬取締員としての経験に裏打ちされた平本さんの講義の後は、広島フェニックス ライオンズクラブの薬物乱用防止活動を牽引(けんいん)してきた横路望さんが指導を担当。過去の教室の映像を参考例としながら、子どもたちに向けた話し方や効果的な指導方法を伝えた。こうして約2時間にわたったスキルアップ講座を、大学生たちは終始真剣な表情で受講していた。

広島県からヤング指導員の委嘱を受けた大学生講師たちの活動に、平本さんは次のように期待を寄せている。
「広島県ではまだSNSを通じた薬物乱用防止の広報は行っていませんが、若い世代に向けた啓発には非常に有効であり、来年度から取り組もうと考えています。その際、ヤング指導員の皆さんに力を貸していただき、若者の目線でどんな発信ならば見るか、どんな言葉が響くか、といった意見を出してもらい、一緒に作り上げていきたいです」

平本さんが講座の中で示したデータの一つに、各国の違法薬物の生涯経験率があった。大麻の生涯経験率は、アメリカ、カナダ、フランスが40%を超えているのに対して、日本は1.0%と極めて低い。だからこそ、まだ薬物に手を染めていない青少年にその危険性を正しく伝えることが、乱用を未然に防ぐ有効な手立てとなる。その非常に重要な役割を、ライオンズ・メンバーと大学生の認定講師は担っている。

2023.04更新(取材・動画/河村智子 写真/宮坂恵津子)

※「ダメ。ゼッタイ。」国連支援募金
1993年に始まった麻薬・覚せい剤乱用防止センターによる「ダメ。ゼッタイ。」普及運動に呼応して、国際協力による薬物乱用のない社会環境づくりのために実施される募金キャンペーン。これまでに約7億4200万円が国際連合薬物犯罪事務所(UNODC)に寄付され、開発途上国延べ644カ国、775プロジェクトの支援に充てられた。

●関連情報(外部リンク)
公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センター https://www.dapc.or.jp/

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「広島の大学生が国際社会に薬物乱用防止をアピール」(2023.04更新)