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全校導入を目指す普及活動

ライオンズクエストの全校導入を目指す普及活動
ライオンズクエスト導入校の富山市立大泉中学校で行われた公開授業

ライオンズクエスト(LQ)は、ライオンズインターナショナルが世界各国で普及に取り組む教育プログラム。子どもたちが自分自身の感情をコントロールしたり、他の人とうまく関わったりするために必要な「ライフスキル」を育むことがその目的だ。日本では、日本語版教材の開発や認定講師の育成を担う特定非営利活動法人青少年育成支援フォーラム(JIYD)のサポートの下、中学生版、小学生版、幼稚園/保育所版を運用。全国各地のライオンズクラブはライオンズクラブ国際財団(LCIF)から申請地区に交付されるライオンズクエスト交付金も活用しながら、地域の学校への普及に取り組んでいる。

8月3日、17年前から普及活動に取り組む富山昭和ライオンズクラブ(村本幸雄会長/96人)主催の「ライオンズクエスト フォーラム北陸大会 in富山2023」が開かれた。学校関係者37人、北陸地域を中心とするライオンズ会員138人など約190人が参加したフォーラムの模様と、子どもたちにライフスキル教育を届けようと献身的に活動するクラブの取り組みをリポートする。

フォーラムではまず、富山市立大泉中学校の3年生26人と佐渡ありさ先生による公開授業が行われた。同校は富山昭和ライオンズクラブの支援を受け、2007年4月から年間指導計画にLQプログラムを組み入れている。佐渡先生は生徒たちが1年生の時から、総合的な学習の時間でライフスキルの指導を担当。会場となった体育館の壁には2年余りの学習成果が展示されて、参加した教員たちはメモや写真をとるなど興味深そうに見入っていた。

公開されたのは「自己主張する」の授業。友人からの好ましくないプレッシャーに対して「自己主張的」に対応する方法を身に着ける学習だ。佐渡先生は修学旅行を想定して「禁止されているスマホを持って行こう」「班を抜け出して2人で行動しよう」などと誘われる状況を設定。授業は導入に続いて、生徒がペアになって悪い誘いを自己主張的に断る方法を考え、ロールプレイで練習した後、発表者が佐渡先生を相手に断り方を演じ、他の生徒は断る言葉や言い方、表情、姿勢の観点から評価する、という流れで進んだ。

授業の最後に行われた振り返りでは、生徒から「否定するだけでなく代案を提案していたのが良かった」「自分が嫌だから断るんじゃなくて相手への思いやりから出てくる自己主張もあると分かった」などの発言があり、授業を見学したフォーラム参加者は生徒が多くの気付きや学びを得たことを目の当たりにした。

友人からの悪い誘いを自己主張的に断る方法を考える公開授業

大泉中学校がLQプログラムを導入して以来、富山昭和ライオンズクラブは新転任教員のワークショップ受講やフォローアップ・ワークショップ開催の支援を続けている。フォローアップ・ワークショップでは教員の更なるスキルアップを目指して研究授業を行い、LQ認定講師の指導や助言を受ける。今回のフォーラムで公開されたのはその研究授業の模様だ。大泉中学校では毎年11月にフォローアップ・ワークショップが行われ、クラブのメンバーも見学に訪れる。同校でのライフスキル教育の成果は高い評価を受け、2017年には「キャリア教育優良校」として文部科学大臣表彰を受けた。

LQ事業における富山昭和ライオンズクラブの目標を、村本会長は次のように語る。
「子どもたちに生きる力を育むには、学校全体でプログラムを導入し指導していただくことが必要です。ワークショップの受講だけでは先生個々のスキルアップにとどまり、全校児童・生徒に教えることは出来ません。そのため、富山昭和ライオンズクラブでは導入校を増やすことを目標に活動しています」

その言葉通り、クラブは大泉中学校の支援を続ける傍ら、市内の他の学校への普及に力を注いできた。2013年8月には普及の機運を高めようと、全国からメンバーや教育関係者の参加を募り「ライオンズクエスト・フォーラム全国大会in富山」を開催。また、教員や保護者、ライオンズのメンバーを対象にセミナーを開き、興味を示した学校では校内型体験セミナーを実施するなど、地道な活動を続けている。

授業の中で率直に評価し合う姿から、生徒の間にしっかりと信頼関係が築かれていることが感じられた

新たな学校導入に向けた動きが活発になったのは、3年ほど前のこと。今回のフォーラムの実行委員長で、元小学校教員の経験を生かして普及に取り組んできた高尾ゆかりさんは、昨今の動きをこう振り返る。
「学校への働きかけはずっと続けていましたが、『うちは特に問題もないし必要がない』という学校がほとんどでした。やはり我々ライオンズのメンバーがアプローチするだけでは難しい面があるのだと思います。2年前に全校導入した大沢野中学校と、現在導入に向けて進行中の興南中学校の場合は、校長先生の異動や先生同士のつながりがきっかけになりました」

大沢野中学校での全校導入は、大泉中学校でLQプログラムの良さを実感していた山木恵一校長(当時)の異動がきっかけになった。赴任先でも導入したいと望んでいたところ、富山昭和ライオンズクラブが市内の全小中学校91校に呼びかけて体験セミナーを企画。山木校長の勧めで若手教員数人がこれに参加すると、教員たちの間で導入を希望する声が高まり、2021年の2学期から全校で導入された。その後、現役を退いた山木元校長は富山昭和ライオンズクラブの普及活動に協力し、市内の他の中学校校長にプログラムを紹介。興南中学校の校長がプログラムに興味を示し、導入に向けて進んでいる。

一方、クラブの直接的な働きかけが実を結んだ例もある。富山昭和ライオンズクラブと校内の花壇作り活動を通じて長年の交流がある芝園小学校は、今年4月に全校導入をスタートした。2月下旬に高尾実行委員長がフォーラムのPRのために学校を訪問し、國香真紀子校長にプログラムの説明をしたのをきっかけに、異例のスピード導入となった(記事下のインタビュー①参照)。
「芝園小学校ではコロナ禍の影響で不登校の児童が増え、何か手立てが欲しいと考えていたそうです。國香校長は『今これを求めている学校は多いので、他の学校にも紹介したい』と話されていて、今後導入を希望する学校が増えてくることが考えられます」(高尾実行委員長)

17年に及ぶ努力が実を結んだことを喜ぶ一方、クラブには懸念もある。導入校を増やしたいのはもちろんだが、1クラブで支援出来る数には限りがある。今回のフォーラムには、学校関係者にLQプログラムを知ってもらうと共に、一緒に普及に取り組むライオンズクラブを増やしたいという、クラブの切実な願いが込められていた。そのためフォーラム第4部の分科会では、ライオンズ会員向けに全校導入までの支援活動の流れやワークショップなどの開催費用の資料を配布するなど、支援活動の実態を理解してもらえるようにした。

大泉中学校での公開授業の後、ホテルグランテラス富山を会場に第2部の開会セレモニーが行われ、続く第3部は元中学校教諭の柴咲子LQプログラム認定講師が「ライフスキル教育への期待 コロナ禍とその先を見据えて」と題して基調講演。コロナ禍以降の学校を取り巻く状況や、ライフスキルを学んだ子どもたちの変化について語った他、導入校では総合的な学習の時間や特別活動の他に、道徳科や保健体育科、家庭科でもプログラムが取り入れられているとして、東京都の三鷹市教育委員会が道徳科での活用を決定した例などを紹介した。

フォーラム第2部の開会セレモニーでは高尾実行委員長の開会宣言、村本会長のあいさつの後、富山市の藤井裕久市長、宮口克志教育長、大泉中の宮脇哲也校長が祝辞を述べた

第4部では三つの分科会が行われ、終了後に各分科会から以下の報告があった。

【分科会1:学校関係者部会】
コーディネーターは芝園中学校の浅野薫史教頭、テーマは「ライフスキル教育の取り組みについて」。フォーラムには富山市内を中心に高校2校、中学校6校、小学校3校から教員37人が参加しており、七つのグループでテーブルディスカッションが行われた。

前半は公開授業の内容について意見交換。「3年間の積み重ねによる子どもたちの成長や生徒同士の仲の良さに感動を覚えた」「日々の授業を通じて培われた先生と生徒の人間関係がよく現れていた」「生徒同士で批判的な評価が出来るのは信頼関係が築けているからだと感じた」などの感想が出された。

後半は学校への導入に際しての工夫点や課題について話し合い、以下の意見や提案があった。
「担任に任せるのではなく互いの授業を見学し合うことや、一つの授業にチームで取り組むことも必要」
「普段見られない生徒の姿を見たり、つぶやきを拾うことも出来るなど、教師の側にも多くの気付きがある」
「カリキュラムの中で進めていくには、時間的な保証や教育課程としての具体的な枠組みなどを丁寧に行うことで学校全体がチームとして取り組める」
「学校内に『ライフスキル・ルーム』を設けて、教員同士の相談の場や授業の教材をストックする場などとして有意義に使うという構想もある」
「教員間の温度差がなく皆で一つの方向を向けるように、学校全体、組織全体で継続していく仕組みづくりが重要」

浅野コーディネーターは「公開授業の授業提案の中からこれからの展望であったり、ライフスキルの広がり、可能性について話し合いが出来、有意義な分科会となった」と述べ、発表を終えた。

【分科会2:ライオンズクエスト・ライフスキル教育入門部会】
コーディネーターはLQ説明員の清水直喜さん(福井県・敦賀みなとライオンズクラブ)。「導入までの道のり」をテーマに、クラブが地域の学校へプログラムを紹介してから導入に至るまでの進め方を模索し、富山昭和ライオンズクラブの長江正憲元会長と山木元校長の体験から次のような助言が示された。
「学校への紹介から導入に至るまでには1年以上の期間が必要になることもある。長いスパンで責任と覚悟を持って取り組むためにクラブ内でしっかりとコンセンサスを取ることが必要」
「メンバーはプログラムを完全に理解しなければ学校に進められないと考えがちだが、良いプログラムであるということは分かっているので、まずは『こんなものがある』と学校へ紹介することから始めてみるとよい」
「学校とのコンタクトの第一歩のハードルを下げるため、PTAや元教員などの学校関係者、行政関係者などクラブ内外の人脈を活用する」

また、分科会アドバイザーを務めたJIYDの馬渕英晃事務局長からは、導入校支援を順調に継続しているクラブの共通項として「学校と支援クラブが密な関係を保てている」「学校側として準備段階で導入後のイメージや目的がはっきりしている」の2項が挙がった。

清水コーディネーターは「基調講演で、柴先生が学校でのエピソードを紹介された。落ち込んでいる生徒に別の生徒が『前向き思考!』と声をかけると、うなだれていた頭がまっすぐになったという話。学校全体でライフスキルを学び、自分だけでなくみんなのスキルになることで、お互いを高め合い助け合うことにつながる」と述べ、最後に「実際にプログラムを導入して活用するのは学校と教員だが、ライオンズが動かないことには始まらない。今日の参加者には第一歩を踏み出してほしい」と締めくくった。

【分科会3:実践普及活動クラブ部会】
コーディネーターは富山県・滑川ライオンズクラブの稲垣宗之会長(記事下のインタビュー②参照)。「実践を通して考えること」をテーマに、LQ普及に取り組むライオンズが参加した。分科会ではまず、公開授業の感想やプログラムの良さについて意見を交換。公開授業について、「子どもたちが言葉を大切にし、自分の言葉でしっかりと考えていることが伝わってきた」という感想や、仲間づくり、思いやり、社会性など、実社会でも不可欠な力を育めるところがLQの良さであるとの指摘があった。

実践活動の苦労や成果については、富山昭和ライオンズクラブの石動勇元会長と、小学校や幼稚園、保育園を対象に普及に取り組む徳島県・鳴門ライオンズクラブの春木扶佐子元会長(336複合地区LQ委員長)から報告が行われた。また、アドバイザーのJIYDの鈴木美佳さんから全国の活動状況を紹介。行政の協力で教育委員会を通じてプログラムを紹介するケースが増えている中、若い教員が仲間を集めて普及に取り組む千葉県内の例が報告された。

稲垣コーディネーターは実践活動を進める上で重要な点として、優れたプログラムであることをライオンズのメンバーに周知していくこと、学校長やクラブ会長が交代しても持続性を保てるようしっかりバトンタッチすること、行政の協力を得ること、の3点を挙げた。そして持続するためにはLQだけで学校とつながるのではなく、保護者との結び付きやさまざまな学校行事への協力を模索する必要もあるのではないか、との意見を紹介した。

各分科会からの発表後、講評を行ったJIYDの馬渕事務局長は、変化の激しい不確定な時代をより良く生き抜くためにはライフスキルが重要だと指摘。「LQは目の前にある課題の解決のために有用なだけでなく、今の子どもたちが大人になった時、社会を支えてより良く生きていくために役立つプログラム。30年後の社会を見据えて子どもたちにどういうサポートが出来るかという観点で、LQの普及に取り組むことも重要ではないか」と提言した。

馬渕事務局長は最近の動向として、これまで学校が対象だったプログラムを学童保育など学外の活動用に改修して普及が進んでいることを報告。更に、プログラム実践者が情報交換して互いに支え合える場を設けて、LQのコミュニティーづくりを進めていきたいと展望を語った。富山昭和ライオンズクラブが「子どもたちにLQプログラムを届けたい」という強い思いで開いた今回のフォーラムは、そのコミュニティーづくりの先駆けとなる貴重な機会ともなった。



■インタビュー①
富山市立芝園小学校 國香真紀子校長

コロナ禍の収束が見え始めた頃から、不登校の児童が急激に増えました。コロナ禍において、接触を制限され、マスクを着けて授業も給食も前を向いたままという生活を余儀なくされた子どもたちは、友達とのスキンシップで心を通わせたり、表情を見て心の変化をくみ取ったりといった学びの機会を奪われてしまいました。コミュニケーションが苦手な子ほどその影響を受けていると感じます。皆がマスクを外して互いに会話を弾ませたり、触れ合ったりしている中で、自分だけ取り残されたような気持ちになり、学校に行きづらくなっていると考えられます。

富山昭和ライオンズクラブの高尾さんから、初めてLQプログラムの「ライフスキル」についてお話を伺い、友達同士の関係づくりを学べるプログラムだと感じました。また、4月から始めれば、子どもたちが新しい友達と心を通わせることが出来るのではと期待が膨らみました。そこで、3月末に校内型ワークショップを実施していただいたところ、受講した先生方は、生き生きと学び、その成果を実感することが出来たようです。本校では早速4月からの教育計画の中に位置付けて全学年で取り組んでいます。

まだ1学期を終えたばかりで、先生方へのアンケートの結果では明らかな成果や手応えは見られません。ただ、例えばいじめをテーマにした授業では、いじめる側の子の心情や考え方が手に取るように見えてきて、児童理解にもつながりました。また、先生からSNSで悪口を書かれた時の対応を問われて「同じことをすればいい」と答えた子に対し、同じグループの子が「それは違うと思うよ」と言う場面がありました。先生ではなく友達に指摘されることで、子どもの心の中に気付きが芽生えたのが感じられました。今後も、それぞれの学級の実態に合ったプログラムを選択し、先生も子どもたちと一緒に学んでいくことが大切だと思っています。



■インタビュー②
富山県・滑川ライオンズクラブ 稲垣宗之会長

私がLQを知ったのは滑川中学校の校長を務めていた13年前です。学校で体験プログラムを行ったところ、先生たちの反応はすごく良かったのですが、全校導入には至りませんでした。定年後に滑川ライオンズクラブから誘っていただき、LQ普及に取り組みたいと入会し、説明員の資格も取って活動してきました。

市内の小中学校の先生に声がけしてワークショップ開催を続ける中、その様子を市の教育長に見てもらったところ、「これは良いプログラムだ」ということで、若手教員の研修にワークショップを取り入れていただきました。教育委員会の理解を得たことで、ライオンズだけの取り組みから一段レベルアップすることが出来ました。その後コロナ禍による停滞はありましたが、昨年、田中小学校が研究課題として非認知教育(テストなどでは数値化されない、子どもの人生を豊かにする教育)に取り組もうということになり、目指す学校づくりにLQを取り入れることが決まりました。ワークショップに参加された先生からぜひ学校でやりたいという声が挙がるのをひたすら待ち続け、それがやっと現実になって、夢がかなった思いです。

田中小学校では校内型ワークショップを終えて、2学期から導入します。3学期に行われる授業参観では、全学年がライフスキルの授業を行って、保護者の方々にプログラムを紹介する予定です。こういう学校にしたいという目標に向かって先生方が一つになり、達成のためにLQにしっかり取り組んでいこうとしています。先生方が自信と強い意欲を持って子どもたちに向かい合うために、LQが大きな柱になることは間違いないと思います。LQの学びを通じて、子どもたちが他者を大事にし、仲間と一緒に生き生きと活動出来るようになると期待しています。

2023.09更新(取材・動画/河村智子 写真/田中勝明)

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「THEME:ライオンズクエスト・フォーラム全国大会 in富山」富山昭和LC(印刷版2013年10月号)
「pick up:校長のハートに火を点けた、富山昭和LCゼロからの挑戦」富山昭和LC(印刷版2008年4月号)
「ライオンズクエストで青少年に生きる力を」ウェブマガジン「歴史」(2011.10更新)

●関連情報(国際協会ウェブサイト)
「青少年支援」
「ライオンズクエスト交付金」

●関連情報(外部リンク)
ライオンズクエスト・プログラム https://lionsquest-japan.org/
特定非営利活動法人青少年育成支援フォーラム(JIYD) https://www.jiyd.org/