歴史花の万博来場者を出迎えた
ライオンズ広場

花の万博来場者を出迎えたライオンズ広場
鶴見緑地駅前に造られたライオンズ広場

1990年4月1日~9月30日の183日間にわたり、大阪市の市制100周年記念事業として、国際花と緑の博覧会(花の万博・EXPO’90)が大阪市鶴見区にある鶴見緑地で開催された。日本では、70年の日本万国博覧会(大阪万博)、75年の沖縄国際海洋博覧会(沖縄海洋博)、85年の国際科学技術博覧会(つくば万博)に続いて4回目の万博である。この頃、物質文明が発展する一方で環境問題が地球規模で深刻な状況を呈し始めていた。そうした中で「園芸」という視点から人間と自然の関係を見直そうという試みは、これまで物質文明の成果を展示してきた博覧会においてはとてもユニークで、国際博覧会の歴史に新たなページを加えるものでもあった。「花と緑と人間生活のかかわりをとらえ 21世紀へ向けて潤いのある豊かな社会の創造をめざす」をテーマに掲げたこの博覧会には、世界約83カ国及び約55の国際機関が参加。また日本国内からは政府、全都道府県を始め325を超える出展があった。ヒマラヤの青いケシや砂漠のバラ、門外不出と言われた肥後のシャクヤクなどの希少植物190種を含む1200種類、250万本の草木が集められた。

万博会場となった鶴見緑地はもともと湿地帯で、古来鶴の群生地として知られた。江戸期には舟運に恵まれて荷積みの中継点として栄え、その後水田やレンコン畑として活用された。1960年代になると、大阪の地下鉄工事で掘られた土などで埋め立てられて府内一の規模を誇る緑地公園に生まれ変わった。公園の広さは甲子園球場35個分(約122ha)にもなる。会場は、街のエリア、野原のエリア、山のエリアに分けられた。32のパビリオンがある街のエリアは従来の博覧会のように最新技術を使った展示などが主体だが、季節ごとの花が咲き乱れる野原のエリアや、世界各国の50を超える庭園が点在する山のエリアの屋外展示は花の万博ならでは。パビリオン巡りが中心だったそれまでの万博とは異なり、開場全体に花の香りと緑の息吹があふれ、外の散策を楽しむことが出来る。

障害者センターで車いすの用意をするライオンズ・メンバー

自然との共存や環境保全にかかわるこの万博は、ライオンズクラブにとって過去の万博にも増してその内容に共鳴するものだった。そこで地元の335-B地区(大阪府、和歌山県)は会員一人1万4000円、B地区を除く335複合地区の会員は2000円、それ以外の日本の会員は600円を集め合計2億4000万円の基金とし、万博を支援する事業に取り組むことになった。

万博開幕に合わせて、会場の鶴見緑地とJR大阪環状線・京阪電車の京橋駅を結ぶ地下鉄・鶴見緑地線が開通した。終点の鶴見緑地駅の改札は、万博会場の出入口を兼ねている。ライオンズは万博協賛事業として、この改札を出た所に日本初の沈床式駅前広場(地盤よりも低い位置に作られた広場)となるライオンズ広場(=サンクガーデン)を建設した。底面部分が広場になっていて、広さ約3000平方メートル。滝や噴水、花壇があり、地上との高低差約7mを利用したテラスが広場を取り囲むように設置されている。地下鉄が開通した3月20日、ライオンズクラブは鶴見緑地駅前で広場の竣工式を実施した。

335-B地区内のクラブが植樹した山のエリアの園路

他にも、会場内の中央ゲート手前に面積432平方メートルの障害者センターを建設。同センターへ車いす30台を寄贈した。センターでは会期中毎日、335-B地区の会員20人が交代でヘルパーとして詰め、車いすの貸し出し、障害者の団体バスの誘導や乗降の手助け、湯茶の提供、展示ガイドブックの配布、案内テープの貸し出しなど、忙しく動き回った。万博がスタートした4月には既に、1日当たりの車いすの利用者は200人に上った。車いすでゆっくりと花を楽しむ人々の姿が多く見かけられる会場は、花の万博の特徴でもあった。

更に上記の基金による事業とは別に、335-B地区は地区が保有するライオンズ・チャリティー・ファンドを使い万博入場券2万4000余枚を購入、大阪府及び和歌山県内の交通遺児を招待した。またライオンズの森植樹と称し、地区内の約160クラブに万博での植樹を呼びかけると、そのほとんどがこれに参加。南ゲート広場の大花壇や山のエリアの園路沿いなどにシダレザクラ、クスノキなど17種類、104本の草木を植えた。これらは季節ごとに花を咲かせ葉を茂らせてさまざまに変化し、人々を楽しませた。万博開幕に合わせるかのように満開となって来場者を出迎えた会場内の300本の桜は、大阪鶴見ライオンズクラブが植えたものだ。1973年のクラブ結成以来、鶴見緑地公園を区民の憩いの場にしようと毎年数十本ずつ7年間にわたり植樹を続け、9年前に目標の300本を達成していた。大阪帝塚山ライオンズクラブはクラブ結成20周年記念事業として、救急搬送用の電気自動車を中央ゲート横の診療所へ寄贈した。大阪市社会福祉協議会が募集した市民ボランティアに応募したライオンズ・メンバーもいた。彼らは会場内で車いすの貸し出しや迷子の対応、障害者へのヘルパーなどを務めた。

大阪帝塚山ライオンズクラブがクラブ結成20周年記念事業として寄贈した、救急搬送用の電気自動車

来場者300万~400万人が通常の園芸博で、花の万博では開催前から2000万人という高い目標を掲げていた。ハイテクを駆使した展示や、最先端の乗り物がそろう遊園地、あるいは花と緑に囲まれた庭園や散策路など、子どもからお年寄りまで、もちろん車いす利用者や障害がある人も誰もがそれぞれに楽しめるように趣向が凝らされた。そしてその中で命の大切さを見つめ、文明と自然との調和、自然と人間共生を問いかけた。ライオンズを始め多くのボランティアがこれを支えた。果たして、半年にわたる会期中の総来場者数は目標を大きく上回る2312万人に上り、特別博覧会史上最高を記録した。

2021.07更新(文/柳瀬祐子)