取材リポート 神話の地から届ける
天国への手紙

神話の地から届ける天国への手紙

「お母さん、天国での暮らしはいかがですか? 痛みから解放され体も軽くなって、今はただそれだけが救いです。私はというと、一人になるとやはりとても寂しいです。(中略)笑っていられるよう少しずつがんばるね」

「ありがとう。たった5文字ですが、天に届くぐらい、青い海の底に届くぐらいの『ありがとう』です。これから先もずっと姉妹でいてください」

6月18日、亡き人へ宛てた「天国への手紙」をたき上げる催しが、黄泉(よみ)の国の入り口として神話に登場する松江市の黄泉比良坂(よもつひらさか)で行われた。東出雲ライオンズクラブ(岸本透会長/36人)が毎年6月に開催している行事で、故人に思いを伝えたいという人々の気持ちを受け止め、傷心を癒やしてもらいたいと手紙の募集を始め、今回で7回目を迎えた。今年6月までの1年間に寄せられた手紙は1700通を超え、公開希望の手紙のうち4通がたき上げを前に代読された。冒頭に掲げたのは読み上げられた手紙の一節だ。

参加したのは、クラブのメンバーや関係者を含む約100人。中には毎年参加している地元の人もいれば、この催しのために遠方から訪ねてきた人もいる。兵庫県の淡路島から夫への手紙を持参した女性は、テレビ番組で「天国への手紙」のことを知り、娘と共にやって来た。亡くなって1年が経っても寂しさは募るばかりで、夫への思いを手紙にしたためたという。

大きな封筒を抱えていたのは、出雲市で助産院を営む女性。流産や死産を経験したり、生まれて間もない赤ちゃんを亡くしたりした母親が交流する「天使ママの会」で集まった手紙を携え、初めて参加した。
「会の中でお子さんへ届けたい思いを募ったところ、お母さん同士のSNSによる情報交換で、宮城や群馬、東京など全国から16通が寄せられました。今日はお母さんやご家族を代表して参加させてもらいました」

参加者は黙祷(もくとう)を捧げた後、さまざまな思いや願い、祈りの込められた手紙を天国へ届けようと、燃え上がる炎にくべていった。

手紙の代読は東出雲公民館の本多千景館長が担当。松江市在住のアーティスト、エネルシアさんによる謡やライア(竪琴)の演奏により、催しは厳かな雰囲気で進行した

『古事記』上巻では、国造りの神イザナギが、先立った妻のイザナミを追って黄泉の国の入り口、黄泉比良坂を訪れる場面が描かれる。最後には、イザナギがあの世とこの世の境を巨大な千引き岩でふさぎ、夫婦の永遠の別れとなる。そして、その黄泉比良坂がある場所が「出雲の国の伊賦夜坂(いふやざか)」だと記されている。

松江市東出雲町揖屋(いや)地区に、その「伊賦夜坂」だと伝えられる場所がある。地元の人たちが植えたアジサイに導かれるように山道を登っていくと、うっそうとした木々の緑に覆われて神話さながらの巨岩があり、近くには「黄泉比良坂伊賦夜坂伝説地」の石碑が建つ。2010年に公開された北川景子主演の映画「瞬 またたき」で、主人公が亡き恋人に会いに行くラストシーンの舞台になったのがこの黄泉比良坂で、全国的にも注目を集めた。

ポストの隣にある箱は、手紙の筆記台としても使えるようになっている

黄泉比良坂の巨岩の傍らには、故人へ宛てた手紙を投函(とうかん)してもらうために木製のポストが置かれている。東出雲ライオンズクラブとこの地の保全活動に携わる黄泉比良坂神蹟(しんせき)保存会が設置したもので、隣には便箋(びんせん)と筆記用具を収めた箱もある。駐車場脇の東屋の壁には、地元の名所を記した案内と共に、天国への手紙に関する説明も掲示。説明版にある二次元コードを読み取ると、クラブが制作した動画が視聴出来るようになっている。

おたき上げが始まる前、近くに住む女性が「ここは本当にすごい場所なんですよ」と言って話を聞かせてくれた。
「つい最近も、1カ月前においっ子を亡くしたという方や、ご主人の命日に隠岐(おき)から来られたという方にお会いしました。いろんな方が思いを込めたお手紙を持って訪ねて来られます」

クラブはこの場所まで足を運ぶことが出来ない人のために、郵送でも手紙を受け付けている。そして1年間にポストに投函された分と、クラブ事務局宛に寄せられた分をまとめて、毎年6月にたき上げるのだ。

天国への手紙事業が始まったのは2017年。発案したのは、当時のクラブ会長を務めていた森山建二さんだ。タクシー会社を経営する森山さんは、運転手をしていた若い頃に黄泉比良坂へ向かう客を乗せたことがあり、故人への思いを抱えてこの地を訪れる人に心を寄せるようになった。そして2011年3月に東日本大震災が発生したのを機に、「亡くなった人に会いたい、生き返ってほしい」という切なる願いを抱える人たちのために、黄泉比良坂から天国へ思いを伝えてあげられないかと考えるようになった。

森山さんの提案を受け、クラブは黄泉比良坂神蹟保存会の協力を得て2017年4月にポストを設置し、手紙の募集を開始。チラシやポスターの作成に加えて地元紙への記事掲載やSNSで周知を図った。それから約2カ月の間に120通がポストに投函され、6月に第1回のたき上げを行った。その翌年には県内外から手紙が寄せられるようになり、その数は1000通を超えた。東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町から届いた一通には、手紙募集に対する感謝の言葉が添えられていた。大切な人を失った悲しみに寄り添うこの取り組みは、新聞各社で報じられて全国へ反響が広がり、コロナ禍前には3000通余りの手紙が集まるまでになった。

事業が大きな広がりを見せる中、東出雲ライオンズクラブでは新たな展開を模索していると、事業を担当する総合学習委員会の野々内誠委員長は話す。
「今後も長く続けていくためには、ライオンズクラブだけでなく地域の団体との協力が必要になります。そのためにも、町づくりに関わるさまざまな団体が集まって実行委員会形式に出来ないかと考えているところです」

その第一歩とすべく、今回の催しには観光協会や青年経営者の会といった地域の団体に声をかけて参加してもらった。神話の地ならではのこの事業は、これからも大切な誰かを失った人の心に安らぎをもたらし、希望の灯をともしていくことだろう。

2023.08更新(取材・動画/河村智子 写真/宮坂恵津子)

*東出雲ライオンズクラブ制作動画はこちら