取材リポート 職人直伝ですしを握る
ライオンズ版こども食堂

職人直伝ですしを握るライオンズ版こども食堂

こども食堂といえば、開催時間中の好きな時に訪れて、提供される料理を食べるというのが一般的だが、明石しおさいライオンズクラブ(松井寿美子会長/31人)が主催するこども食堂は、それとは少し様子が異なる。参加者は事前に予約をし、料理講師の指導の下、自ら作った料理を食べる。教えるのは現役のすし職人。握りずしを始め、やや難易度の高そうな日本料理が登場する。

子どもはもちろん、保護者からも「すしを握るなんて初めて」という驚きの声が多く、参加者に貴重な体験を提供している。この一風変わったスタイルのこども食堂は、どのように誕生したのだろうか。

参加者は区域の小学校を通じて募集。子どもの付き添いは保護者1人まで

明石しおさいライオンズクラブがこの活動に携わることになったのは、2019年。地元で体験型のこども食堂を主宰していた料理講師から、「今後はライオンズクラブに運営を任せたい」という申し入れがあった。これに応じたクラブは市の登録団体としてこども食堂の運営に当たり、子どもたちへの料理指導はこれまで通り講師に任せていたが、2年ほど経ってようやく慣れてきた頃にコロナ禍に見舞われた。他のこども食堂と同様に開催出来ない日々が長く続いたが、クラブは感染状況が落ち着きを見せ始めた2021年の末頃から再開を検討。ところが、料理講師の都合がつかず再開出来ない状態に陥った。この時、クラブ会長だった荒川照弘さんは、こども食堂を続ける方法を見付けるか、やめるかの決断を迫られた。

代わりに料理を担当してくれる人はなかなか見付からない。半ば諦めかけていた時、荒川さんの前に「こども食堂をやってみたい」という人が現れた。仕事のつながりで知り合った國次昭さんは、神戸市三宮にあるすし店「鮓 國次」の店主。聞くと、子どもたちにすしを握る体験をさせたいと言う。「こども食堂で握りずし」、しかも現役のすし職人が講師を務めるとなれば、願ってもない話だ。

2022年2月、参加者がすしを握るこども食堂がどのようなものになるのかを確かめるために、ライオンズ・メンバーや市の職員を交えたプレ体験会を開くことになった。体験会ではまず最初に國次さんが握り方を説明し、その後、各自に用意された1人前分の材料ですしを握った。体験したメンバーら参加者は「初めてで新鮮な体験だった」と口をそろえた。手応えを感じたクラブは、早速、区域の小学校へこども食堂再開の案内を出した。

こうしてすし職人を迎えた「明石しおさいライオンズこども食堂」は、22年4月に再開。お盆の時期と重なる8月を除いた毎月第2日曜日の12時30分から14時頃まで、JR明石駅に近接する大型商業施設内の調理実習室で行われている。小学生は無料、付き添いの保護者は参加費1人500円で、「すしを握れる」という話題性や会場へのアクセスの良さも相まって毎回盛況だ。

バレンタイン・デーも間近の2023年2月12日は、子ども11人、大人8人が参加した。國次さんは「寿司戦隊ニギルンジャー」の隊長という架空のヒーローに扮し、参加した子どもたちは全員がニギルンジャーの隊員となるのが毎回のお約束。隊長が一通りすしの握り方を説明すると、子どもたちは自分の席に戻って手洗いをした後、隊長が事前に握っておいたすし飯を手に取り、その上にネタを載せて握りずしを仕上げていく。

すし飯の上にネタを載せ、握る。言葉にすれば簡単そうだが、いざやってみるとこれが意外に難しい。子どもも大人も悪戦苦闘する姿が目立ったが、終始会話が弾んで親子で協力してすしを完成させていたのが印象的だった。

この日は握りずしと手巻きずしを作ったが、別の日には茶わん蒸しであったり、同じすしでも太巻きであったり、続けて参加しても飽きないようにメニューは毎回変わる。すしを握る楽しさを知った子どもは何度も参加したがるようで、この日は全員がリピーターだった。中には、初回から毎回参加している子もいて、通常は隊長が用意してくれるすし飯を自分で握れるほどの腕前になっている。

「自分ですしを握る体験は我々大人でも楽しいのですから、子どもならなおさらでしょう。すしを握って、食べるだけの時間かもしれませんが、ここで國次隊長や他の隊員たちと触れ合うことで、表情の硬かった子どもが普段見せないような笑顔を見せるようになった、と保護者から感謝されたこともありました。そんな話を聞くと、有意義な場になっていると実感します」(荒川元会長)

このこども食堂がきっかけで、子どもに変化が表れた例は他にもある。周りの子どもたちがおいしそうに食べる様子を見た子が苦手だったものを食べられるようになったり、他の子が食器を洗うのを見た子が自宅で進んで手伝うようになったりと、刺激を受ける場にもなっているようだ。

こども食堂は、子どもや保護者を対象に栄養のある食事や温かな団らんを提供する場で、貧困対策や居場所の提供、地域との交流、孤食の解消、食育の場といったさまざまな側面がある。明石しおさいライオンズクラブのメンバーは、家庭とも学校とも違う第三の場であるこども食堂で、子どもたちが見せる成長ぶりにやりがいを感じている。子どもの成長を地域の大人が見守り、支えるというのも、こども食堂が果たす役割の一つだろう。クラブでは、ゆくゆくはもう一歩踏み込んで、地域の大人であるメンバーの関わりをもっと有効に活用出来ないかと考えている。

「元気そうに見える子どもでも、心の中に何か問題を抱えていて、それを外に出せないでいるかもしれません。寄り添ってくれる大人がいるこども食堂は、親や先生には言えないような困りごとを吐き出せる場になるかもしれない。いずれは、食事後の30分でも、そういう時間を取れるようになったらいいと考えています」(荒川元会長)

食事が終わりそろそろ終了時間が近付いても、國次隊長の周りには子どもたちが群がっていた。つい先ほどまで、おかわりをほしがる子にすしを握ってあげていたが、用意したネタは既に使い切った。それでも、子どもたちの視線は隊長の手元に集中している。隊長が器用に扱っていたのはすしではなくカード。隊長はマジックの達人でもあり、食後には子どもたちにマジックを披露する。すしを握るという特別な体験以外に、こうしたお楽しみもあるのが子どもを引きつけている理由だろう。

それにしても、食の激戦区である三宮に店を構えるすし職人に、ネタが尽きるまで握ってもらう子らの何とうらやましいことよ。保護者とライオンズ・メンバーは、食欲旺盛な子どもたちの姿を目を細めて見守っていた。

2023.03更新(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)