取材リポート 庄内を音楽のまちに
ストリートピアノを設置

庄内を音楽のまちに  ストリートピアノを設置

人類の歴史を語る上で音楽の存在は欠かせない。世界最古の楽器と呼ばれているフルートは4万年ほど前のものと考えられている。マンモスの骨に穴が開けられているもので、ドイツで出土した。こうした古代の楽器はたびたび出土しており、今年2月には儀式用のカップと目されていたホラガイが楽器として加工されていたとフランス国立科学センターなどの研究チームが発表した。そんな太古の時代から現代に至るまでを描いたのが2020年3月30日に放送を開始したNHK朝の連続テレビ小説「エール」のオープニングだ。紀元前1万年に古代人が喜びを音楽で表現するシーンから現代のフラッシュモブまで音楽と人々の関わりを描き、話題となった。

新型コロナウイルスの影響で世間が暗くなっていた時、一大ムーブメントを起こしたのも音楽だ。4月2日に歌手の星野源さんが自身のインスタグラムで発表した「うちで踊ろう」は多くのコラボレーションを生み、インターネット上だけでなく、ワイドショーなどを通じてテレビでも取り上げられた。暗い話題が続く中で多くの人が元気をもらったことだろう。

そんな音楽の力で地元を盛り上げようと活動するクラブがある。豊中南ライオンズクラブ(髙坂義雄会長/58人)だ。豊中市は市内に大阪音楽大学があることもあり、「音楽あふれるまち」として町おこしを展開。クラブには豊中南部地域活性化委員会で活動するメンバーもおり、さまざまなアイデアでまちを活性化しようとしている。

2015年には大阪音楽大学創立100周年イベント「DAIONセンチュリーパレード」を市内の諸団体と共に実施。19年6月にはクラブが中心となって大阪音楽大学の最寄り駅である阪急庄内駅を「庄内音大前駅」に改称しようという署名活動を実施した。駅に近い豊南市場、庄内本通商店街振興組合、庄内西本町商店街と協力し、インターネットと街頭で署名活動を呼びかけた。「未来へ出発進行。」というキャッチコピーと「庄内音大前」と入った駅名看板のデザインを入れたのぼりを作成し、各商店街に設置。週末には庄内駅東口付近で音大生によるコンサートを開くなど、駅名改称の機運を高めた。集まった署名は約3万5000。豊中市を通じて阪急電鉄に要望した。実現するかはまだ分からないが、各メディアで取り上げられ、Twitterなどで個人からの反響も大きく「音楽あふれるまち」のアピールとしては大成功だった。

この署名活動を通じて大阪音楽大学、豊南市場とのつながりが出来た。そこでクラブが立ち上げた新たなプロジェクトが「サウンドステーションin豊南市場」だ。音大から提供してもらったグランドピアノをストリートピアノとして豊南市場の一角に設置する事業である。

ストリートピアノは町中で誰もが自由に弾くことが出来るものだ。起源は諸説あるが、08年にイギリス・バーミンガムで始まったプロジェクトによって広く認知されるようになった。「Play Me, I’m Yours」と名付けられたこのプロジェクトでは市内に15台のピアノが設置され、多くの人が楽しんだという。その後、プロジェクトはブラジル、オーストラリア、アメリカと海外へ広がり、700台以上のストリートピアノが設置された。日本では11年2月、鹿児島中央駅一番街商店街に2台設置されたのが始まりとされており、現在では全国各地に広がっている。

サウンドステーションin豊南市場は、市民が音楽に気軽に触れ合える環境を作ろうという試みだ。イベントのように特別な日だけではなく、日常の中に音楽がある環境を目指した。また、少子高齢化が進み、人口がピーク時の半分になってしまった地元を盛り上げようという意図もある。庶民の台所として名を馳せる豊南市場も、近年は集客に苦しんでおり、話題を作ることで地域経済の活性化にもつなげたいと考えた。

豊南市場に打診したところ、市場側も乗り気になり、入り口付近にある空き店舗のスペースを貸してもらえることとなった。人通りの多い一等地だ。期待に応えようとクラブは準備を進めた。地元の人と共に運営委員会を組織。クラブ・メンバーと市民とが協働して事業の企画、運営をしていくこととなった。20年4月18日にオープニング・イベントを実施し、開始予定とした。しかし、新型コロナウイルスの影響で延期。イベントは中止し、5月25日から昼間限定でプレ・オープン、6月1日から正式オープンという形になった。

サウンドステーションin豊南市場は、ステージが設けられた全国でも珍しいスタイルのストリートピアノだ。この特性を生かし、毎週木曜日午前中にはコンサートを開催。豊中市在住のピアニスト中野聡子(としこ)さんと週替わりゲストのコラボレーションを多くの人に楽しんでもらっている。また運営委員会では、それとは別に季節ごとに特別イベントとしてコンサートを企画。8月21日に実施した「夏休みこどもコンサート」を皮切りに「秋いっぱい市場コンサート」「豊南市場Christmas 2020」「東日本大震災復興応援コンサート」とさまざまな特別イベントを開催してきた。加えて月に2回、絵本の読み聞かせも行われており、ストリートピアノの枠を越えて市民に愛されるスペースとなっている。

普段はストリートピアノとして誰でも弾ける状態になっているが、コンサートやイベントを実施したい場合や、確実に使用したい場合はホームページを通じて予約も可能。予約が入った場合はクラブ・メンバーが立ち合い、利用者の要望に応じている。ステージ併設型のストリートピアノは珍しいため、府外からの問い合わせも多いという。音楽サークルの練習場所として利用されるなど月に20件ほど予約があり、市民にとっても使いやすい場になっている。

4月8日に開かれた木曜コンサートでは、中野さんとこの春大阪音楽大学を卒業したばかりのホルン奏者岡本海里さんが登場。人気アニメ映画のテーマソングなどを披露した。複雑に巻かれたホルンの管の長さ(約4m)に切ったホースを見せるなど、普段あまり音楽に触れていない人にも関心を持ってもらえるような工夫がされており、足を止める買い物客の姿も。その美しい音色と旋律に市場の人も惜しみない拍手を送っていた。

新型コロナウイルスにより、大阪府では4月5日から5月5日までまん延防止等重点措置が取られた(その後、4月25日〜5月11日に緊急事態宣言が発令)。そのため、クラブではサウンドステーションの休止を決定。8日のコンサート終了後にアナウンスをすると、観客は残念そうなため息をついていた。昨年6月から今年3月にかけて、クラブの調べでは4500人を超える人が来場している。これには予約なしで弾いている人の数は入っていないため、この数字以上の人に楽しんでもらっている。地域に定着し、愛される場所になったサウンドステーションin豊南市場。コロナ禍が落ち着き、多くの人が気兼ねなく音楽を楽しめる日々をメンバーは心待ちにしている。

2021.05更新(取材・動画/井原一樹 写真/田中勝明)