歴史ユニバーシアードに
発展途上国選手を招待

ユニバーシアードに 発展途上国選手を招待
ユニバーシアード神戸大会開会式で入場行進を行うスリランカの選手団

1985年8月24日から9月4日の12日間にわたり、第13回ユニバーシアード神戸大会が開催された。ユニバーシアードとは国際大学スポーツ連盟が主催する総合競技大会で、大学スポーツの発展や体育教育の振興を目的として全世界の学生たちが集うことから、「学生のオリンピック」とも呼ばれている。59年にイタリア・トリノで第1回夏季大会が開催されて以来、奇数年に夏季大会及び冬季大会が行われてきた。日本での開催は67年夏季の東京大会に次いで2度目だ。神戸大会で行われた競技数は10競技120種目、参加国数106カ国でいずれも過去最多(当時)。ホスト国となった日本からも大会史上最多となる選手団291人が全競技に挑んだ。同大会には選手約4000人に加え審判、役員らを含む4800人が参加。観客数は55万5000人に上り、これを4万2000人のボランティアが支えた。

しかし神戸大会で特筆すべきは、こうした数字の大きさではない。85年は国連が定めた国際青年年ということもあり、スポーツを通じて世界平和に貢献し国際交流の場を持つため、募金を集め発展途上国から選手を招待したのだ。対象となる国は、世界銀行が発展途上国の定義とした国民一人当たりGNPが892ドル(約20万円。当時日本のGNPの1割程)以下の国で、往復の航空運賃と選手村滞在費に1人平均80万円を要する。ユニバーシアード組織委員会は、ライオンズクラブとロータリークラブに発展途上国の選手招請援助を、キワニスクラブには会期中に開催される文化事業への援助を依頼。更に日本を代表する鳥であるタンチョウヅルをデザインした大会マスコット「ユニタン」の付いた募金箱を神戸市内の銀行やホテル、企業の窓口、飲食店などに設置し、一般市民にも協力を呼び掛けた。支援金や募金は1億2000万円にも上り、50の発展途上国の選手らが大会に迎えられた。

前記のうちライオンズクラブによる支援は、神戸市内の会員が1人6000円、神戸を除く335複合地区(兵庫県、大阪府、和歌山県、京都府、滋賀県、奈良県)の会員が500円、その他の日本各地の会員が100円を拠出するなど、総額3533万余円となった。これにより13カ国(フィリピン、タイ、ソロモン、中央アフリカ、ガーナ、リベリア、マダガスカル、ハイチ、ホンジュラス、ボリビア、ネパール、パキスタン、スリランカ)の選手合わせて76人が招かれた。『ライオン誌』85年10月号には、神戸灘ライオンズクラブがクラブ結成20周年記念事業として350万円を拠出し招待した、スリランカの選手ら16人(バレーボール15人、テニス1人)に焦点を当てたユニバーシアード神戸大会の取材記事を掲載している。

神戸灘ライオンズクラブが用意した歓迎の手作りケーキを囲むスリランカの選手たち

インド半島の南東端に位置するスリランカの、当時の人口は約1500万人。その46%が農業に従事しており、一人当たりのGNPは約330ドルだ。神戸灘ライオンズクラブは、選手団が選手村に入るやすぐに連絡を取り、8月23日のクラブ例会に団長を招待した。翌24日には開会式後に手土産を持参して選手村に出向き、選手らを歓迎、激励した。スリランカ選手団の試合が入っていなかった30日には、一行を神戸市内観光に招待。敬虔(けん)な仏教徒である選手たちのために市内の大山寺を参拝、市役所への表敬訪問や、六甲山も回った。選手村の食事が口に合わないと言っていた彼らのため、昼食にはインド料理とユニバーシアードのマークと「Welcome Sri Lanka」の文字の入った手作りケーキを用意。また選手たちの希望で出された日本酒は「とってもおいしい」と大好評だった。貧しい農家の出身が多い選手たちは、「まさか自分が海外に出られる日が来るなんて思いもよらなかった。すばらしい機会を与えてくれ、このような場をつくってもらい感謝している」と口をそろえた。

スリランカからただ一人テニス競技に参加した19歳のアルジュナ・デシルバ選手は、国立コロンボ大学で社会学を専攻する大学1年生。国立大学の授業は無料だ。
「自分の家はスリランカでは中流に属するが、それでも日本に来られるとは考えてもみなかった」
と言う。それだけにプレーの一つひとつに力がこもる。大会3日目の26日、男子シングルス1回戦に登場すると、普段の童顔とは打って変わってヒョウのように眼光鋭く、コートの中を縦横無尽に駆け回り、素早い動きで相手を圧倒。見事ストレートで勝利した。残念ながら2回戦でイタリアの選手に惜敗したが、コートから引き上げるデシルバ選手の表情は満足感にあふれていた。

スリランカからただ一人テニス競技に参加したアルジュナ・デシルバ選手

第二次世界大戦後、政治地図が東西に分かれたあおりを受けて国際学生スポーツ界も二分されたが、それがようやく一つになって誕生したのがユニバーシアードだ。神戸大会には、政治や経済、更には宇宙でまでもしのぎを削っていたアメリカとソ連、いつやむとも知れない戦闘を続けていたイラン・イラク、部族間の対立が厳しいアフリカ諸国、内戦に近い状態にあった中米諸国、あるいは富める国と貧しい国、あらゆる国の若者たちが一堂に会した。それぞれの背景は関係なく、同じコートで持てる力を存分に発揮。明るい笑顔と若い情熱にあふれた12日間となった。

2020.12更新(文/柳瀬祐子)