ニュース災害救援の情報共有と実践
に向けた全国フォーラム

災害救援の情報共有と実践に向けた全国フォーラム

2月3日、兵庫県神戸市のANAクラウンプラザホテル神戸で、全国アラート・フォーラム in 神戸が開催された。このフォーラムは東日本大震災から1年半が経った2012年9月11日、332-C地区(宮城県)の主催により宮城県松島市で開催されたのが最初。その後、これを引き継ぐ形で14年1月に335-A地区(兵庫県・東)で、15年3月には332-D地区(福島県)、17年3月に333-C地区(千葉県)で開催。そして今回、5回目となる全国フォーラムが335複合地区(柿原勝彦議長)の主催で開かれ、北は北海道から南は沖縄まで日本各地から約460人のライオンズ・メンバーが参加した。

開会に当たってあいさつに立った識名安信八複合地区ガバナー協議会議長連絡会議世話人(沖縄県・八重山ライオンズクラブ)は、
「西日本豪雨で大きな被害を受けた岡山の出身で、100歳を超えてなお現役として活躍した彫刻界の巨匠・平櫛田中(ひらくしでんちゅう)に『今やらずしていつできる。わしがやらねばだれがやる』という名言があります。人間は思ったらすぐに実行しなくてはいけない。そして自分がやる覚悟を持つこと。更に前段では『実践実践また実践』『やらずに出来るわけがない』とも言っています。これは我々ライオンズのアラートにおいても同じです。今日のフォーラムが実践に結びつくきっかけとなることを望みます」
と述べ、更に今回のフォーラムが初めて複合地区の主催で開かれたことを評価した上で、
「今年度、日本ライオンズとしてアラート委員会を立ち上げ、八つの複合地区が協調し全日本レベルでの災害支援体制を整えようとしています。どうか皆さんの経験をそこにつないで頂きたいと思います」
と話し、災害支援活動に対する共通認識を全国レベルで持つ必要性を訴えた。

その後、柿原議長(大阪府・高槻ライオンズクラブ)の歓迎あいさつ、井戸敏三兵庫県知事(関西広域連合長/神戸ホスト ライオンズクラブ名誉会員)のメッセージに続き、ひょうごボランタリープラザの鬼本英太郎所長代理による基調講演が行われた。ひょうごボランタリープラザは、阪神・淡路大震災の経験から生まれた組織で、02年に兵庫県によって設置され、運営は兵庫県社会福祉協議会が担っている。16年には335-A、335-D(兵庫県・西)両地区と「災害時ボランティア支援協定」を締結している。講演は「災害ボランティア並びにライオンズクラブとの協働〜災害多発時代の現場から〜」と題して行われ、その中で鬼本氏は次のように述べた。

「1995年の阪神・淡路大震災では約138万人のボランティアが活動し、後にボランティア元年と呼ばれるようになった。その後も災害ごとに多くのボランティアが活躍。11年の東日本大震災では社会福祉協議会が運営する災害ボランティアセンターを通した人だけで約150万人、ボラセンを経由せず活動した人を含めると約550万人もの人がボランティア活動に携わったと推定される。災害救援の柱は当然、行政が担うものだが、大災害時には行政の力だけでは及ばないことが顕著になっている。そのため、行政の穴を臨機応変に埋めながら活動する災害NPOや災害ボランティアの存在が大きな力となっている。
その中で、ひょうごボランタリープラザと335-A、335-D両地区は、災害時にボランティアバスの運行経費をライオンズクラブが助成してくれる協定を結んでいる。基本的には県内の災害ということになっているが、熊本地震や先の西日本豪雨でもライオンズクラブによるボランティアバスが運行している。西日本豪雨の場合、関西広域連合の申し合わせによって、兵庫県は岡山県を支援することになり、ひょうごボランタリープラザでは岡山に38件のボランティアバスを運行し、1093人のボランティアを派遣した。そのうちライオンズクラブでは13件(参加ボランティア383人)を支援してくれ、大きな力となった。
更に経験と教訓を共有するため、平時から両地区のアラート委員長を含めた連絡会議を設け、連携や協働についての勉強会等を開いている。災害多発時代にあって、地域住民も行政任せにせず、自らも公共の課題を引き受け、解決に参画していく必要があり、ライオンズクラブはそのリーダーとしての役割が期待される」

基調講演に続いては、ライオンズによる事例発表が行われ、昨年7月の西日本豪雨と同9月の北海道胆振東部地震において現地で活動した岡山県・倉敷阿知ライオンズクラブの山下弘展幹事、岡山みらいライオンズクラブの藤井信英前会長、北海道・安平ライオンズクラブの青山亮会長の3人が登壇、それぞれ支援活動の概要を報告した。このうち、倉敷阿知ライオンズクラブの山下幹事は、
「ある日、対策本部に一人の女性が来られ、息子の家の片付けを手伝ってもらえないか、と依頼されました。最初は人員不足を理由にお断りしたのですが、その女性は熊本の方で、2年前の熊本地震の時、ライオンズクラブの方に支援して頂きとても助かった。さっき道を歩いていてライオンズクラブの旗を見つけ、思わず駆け込んだと話すのです。その話をきっかけに活動が加速しました」
と、真備の対策本部が3カ月にわたり支援活動を展開するきっかけとなったエピソードを話してくれた。結局、倉敷地区のライオンズクラブは合同で、この対策本部を拠点に全国のライオンズクラブからの支援を受け入れると共に、社協の災害ボランティアセンターともタイアップし、団体ボランティアの受け入れを行ったり、日赤やDMAT(災害派遣医療チーム)とも連携するなどして幅広い活動を行った。

この他、単一クラブで1カ月半、現地対策本部を設置して主に在宅被災者の支援を行った岡山みらいライオンズクラブ、また被災クラブでありながら道内外のクラブからの支援活動を受け入れたり、町内に住む独り暮らしのお年寄り宅を安否確認を兼ねて訪問しレトルト食品と水を配ったりした安平ライオンズクラブの活動が発表された。更に、これら事例発表をした3人のメンバーと、西日本豪雨の被災者でもある小野宗次336-B地区第1副地区ガバナー(倉敷真備ライオンズクラブ)、阪神・淡路大震災以来、数多くの被災地で支援活動を実践してきた橋本維久夫335-A地区アラート委員長の2人がパネリストとして加わり、坂本惠市335複合地区アラート委員長(大阪府・松原ライオンズクラブ)をファシリテーターに、パネル・ディスカッションが行われた。ここで、小野第1副地区ガバナーは被災当時の話から倉敷真備ライオンズクラブの状況、そして今後の展望などについて話した。

「西日本豪雨で自宅も会社も全てを失いました。倉敷真備ライオンズクラブの会員もほぼ全員が同じような状況です。そんな中、岡山みらいライオンズクラブの皆さんがいち早く真備に入ってくださり、また同じリジョンのクラブが、全国から駆け付けてくれたライオンズを始めとしたボランティアの活動拠点となる対策本部を設置してくれました。岡山は晴れの国と言われ、災害が少ないためか、これまで336-B地区にはアラート委員会がありませんでした。私は次年度、地区ガバナーに就任するに当たって最優先でアラート委員会を立ち上げます。また、アラートには若い人の力が必要で、そのためにはライオンズ自体も変わっていかなくてはいけない、そして日本全体でアラート・プログラムが機能出来る体制作りも重要だと考えます」

パネル・ディスカッション終了後、開催地・神戸の堀口清隆335-A地区ガバナーがフォーラムを総括。
「今回、全国アラート・フォーラム in 神戸としましたが、日本中で大きな災害が多発する中、アラートに関する情報共有と実践に向けた全国規模のフォーラムはこれからも必要であり、次はどこかでバトンを受け継いでほしいとの願いを込めたものです」
と述べると、337複合地区の識名議長がこれを受け、次回は337複合地区内で開催するよう調整したいと表明。全日本レベルでのアラート体制構築と共に、識名議長のリーダーシップにも期待がかかる。

2019.02更新(取材/鈴木秀晃)

関連記事:
「西日本豪雨被災地に対する支援活動」
「北海道胆振東部地震の被災地で支援活動を展開」
「北海道胆振東部地震 – 現場の声に耳を傾けながら、被災された方たちに寄り添う」
「特集:西日本豪雨災害 – 平成最悪の豪雨災害とライオンズ」