テーマ 障がいを持つ人の美術展
"ハート♡アート展"

障がいを持つ人の美術展 “ハート♡アート展”

6月3日から9日まで、東京・銀座の並木通りにあるギャリー杉野で、障がいを持つ人の美術展「第3回ハート♡アート展in銀座」が開かれた。千葉県・市川南ライオンズクラブ(水野文也会長/15人)の継続事業で、目の不自由な人が絵などを描くための「触図筆ペン」の普及に取り組む市川ライオンズクラブが協賛した。

市川南ライオンズクラブは2006年のクラブ結成時から、障がい者と共に活動をする事業をメインに据えている。それらの活動を通じて障がいを持つ人や学校、施設などと交流を重ねる中、関係者から、運動系のイベントはいろいろ実施されているが、文化系の発表の場が少ないことを聞いた。そこで結成10周年を迎えた2015-16年度、記念事業として障がいを持つ人たちの美術展を開くことにした。そして具体的な企画案を練る中で、知的、精神、身体、視覚、聴覚など、障がいの枠を超え、全ての人が参加出来る形にすることを決めた。

市内の関連施設や学校に呼び掛けたところ、初年度は181点の応募があり、その全作品を市川市文化会館で3日間にわたり展示。また、その中から来場者の人気を集めた作品を銀座のギャラリーに展示することにした。ギャラリー杉野がある並木通りは、老舗から海外の高級ブランド・ショップまでが建ち並び、銀座の奥深さを感じさせるストリート。そんな場所に展示することで、出品者にはプレミアム感を持たせ、画廊を訪れた人たちには障がいを持つ人たちの多才な力や可能性を再認識してもらうきっかけとした。

今回はその第3回目となり、144点の作品が5月17日から3日間、市川市文化会館に展示された。昨年までは一人2点までの応募が認められていたため、応募作品の数としては減少したが、過去2回の開催を経て、一つひとつの作品の質が明らかに向上しており、非常に見応えのある美術展となった。

市川市は放浪の画家・山下清ゆかりの地で、彼が12歳で入園した、福祉型障害児入所施設「八幡学園」からも、多くの作品がハート♡アート展に出展された。八幡学園は昭和3年、知的障がい児のための入所施設(当時の言葉では精神薄弱児施設)として開園した。 「踏むな 育てよ 水そそげ」の初代園長の言葉を学園の理念として、入園児の能力を引き出す教育を実施。その一つ、造形教室によって天賦の才能を開花させたのが、山下清だった。

清はその後、学園の嘱託医であった精神科医の式場隆三郎博士(市川市の式場病院院長)によって、世に紹介されることになる。式場博士は西洋絵画に造詣が深く、専門の医学書以外にゴッホやロートレックなどに関する著書が数十冊あった。式場博士は当時、東京ライオンズクラブの会員で、清は各地のライオンズクラブの協力で作品展を開き、その売り上げを社会奉仕に寄付するなどしていた。そんな山下清のことを、式場博士の実弟で評論家の式場俊三氏が本誌に寄せた原稿「山下清のこと」の一部を、ここに抜粋してみる。

「他の作業ではどれもこれも仲間にはついていけない彼から、貼り絵という特技を引き出したのは、ひとえに学園の先生たちであった。しかもそれは才能として育て上げようとしたのではなかった。貼り絵をやらせている時の清の心情が一番素直だったのである。もちろん、貼り絵のテクニックは天賦のものである。そのテクニックを放心に近い状態で発揮するところに清の作品の不思議さが生まれたのであろう。(中略)はっきりしているのは、彼の作品の全てが、称賛を期待しない無償の行為だったということだ」

八幡学園の造形教室は現在も受け継がれており、週3日、画家の松田拓実氏が専任講師となって放課後などに実施されている。また、最近では地域に開かれた造形教室として、入園児童だけではなく、在宅の子どもたちを対象とした教室も行っており、ハート♡アート展にも、入園児と地域の子どもたちの両方の作品が展示されていた。山下清のような貼り絵の作品もあれば、子どもたちの感性や興味を優先した作品も多く、「踏むな 育てよ 水そそげ」の精神が、今も息づいていることをうかがわせた。

今回、銀座のギャラリーにやって来たのは全部で34点。当初の構想通り、障がいの枠を超えた作品が展示され、見る人の心を刺激し、思わず見入ってしまうような作風の絵が数多く見られた。こうした「ハート♡アート展」の特徴は、障がいのあるなしや障がいの違いにかかわらず、多くの人が感じるものらしい。

今回のハート♡アート展in銀座に展示された作者の一人、宮島紗英さん(筑波大学附属聴覚特別支援学校造形芸術科)は、千葉県立盲学校の生徒が描いた作品に興味津々。目が不自由ながら、「触図筆ペン」を使って描き出される世界に魅了されていた。宮島さんは現在就活中で、出来ればデザイン関係の仕事に就きたいと話していたが、他にも絵を描く仕事に就くきっかけとして、ハート♡アート展を次のステップにしたいと前向きに話している人もいた。

会員の一人・後藤香さんは、毎回作品を出してくれる人の服装や話しぶりなどが、第1回の時から明らかに変化し、この2年は自信を持って生活していることが分かる、と話す。その一方、この活動によってライオンズの会員も多くの恩恵を受けているとして、「ハート♡アート展を実施することで多くの方たちと触れ合い、作品の背景やふだんの生活ぶり、考えなどを聞く機会に恵まれました。絵画という一つの枠組みの中で、いろいろな障がいを持つ方たちの感性や思いを伺え、自分たちもとても素敵な体験をさせてもらっています」と話してくれた。

取材協力/八幡学園
2018.07更新(取材/鈴木秀晃 写真・動画/田中勝明)