取材リポート 音楽文化の向上を願い
奔走するライオンズ

音楽文化の向上を願い奔走するライオンズ

岐阜長良川ライオンズクラブ(辻慶一会長/61人)がこれまで地域に対して行った最大の貢献は、市民に本物の音楽を聴く機会を提供し続けてきたことだろう。5月20日に岐阜市民会館で行われた「中学生吹奏楽フェスティバル」及び航空自衛隊の中部航空音楽隊による「ふれあいコンサート」も、前日に行われた「吹奏楽クリニック」も、全ては「岐阜市の青少年には本物の吹奏楽を聴く機会がない」という同クラブが抱いた懸念から始まっている。

クラブが音楽に関わるようになった歴史を簡単に振り返ってみる。始まりは、1977年にクラブ結成10周年を迎えた際、大阪フィルハーモニー交響楽団(以下、大阪フィル)を招致しての演奏会だった。この出会いを機に、その後35年にわたって「長良川ふれあいコンサート」の名で定期演奏会を行ってきた。日本を代表するオーケストラを生で聴く体験は、本物に触れることの出来る数少ないチャンス。大阪フィルの昼のリハーサルに小中高校生を無料招待して、間近で演奏が聴ける機会を提供するなど、本物の音楽を青少年に体験させるサポートを一貫して行ってきた。大阪フィルとの関係は既に解消され「長良川ふれあいコンサート」の名ももう無いが、このコンサートをきっかけに別のアクティビティが生まれている。

2002年のクラブ結成35周年の時、ふれあいコンサートに招待された中学校から「吹奏楽の技術指導をしてほしい」とクラブに要請があり、大阪フィルの協力で吹奏楽部部員に演奏の手ほどきをした。現在も継続している「吹奏楽クリニック」の始まりである。またある時、別の中学校の音楽の先生から「中学校の吹奏楽部には、日頃の成果を披露する機会がほとんど無い」と悩みを打ち明けられた。そこで中学生による吹奏楽を市民に聴いてもらおうと、2005年に街中での青空演奏会を企画。この演奏会が後に「中学生吹奏楽フェスティバル」となる。青空演奏会はその後、演奏場所を屋内会場に変えるが、以降、学校でクリニックを行った後に、演奏会を行うという方式が確立された。昨年のクラブ結成50周年の時には初めて自衛隊に要請し、クリニックと演奏会に音楽隊の協力を得た。

こうした経緯をたどり、「長良川ふれあいコンサート」で音楽に対する夢や憧れを広げ、「吹奏楽クリニック」で演奏に対する自信を身に付け、「吹奏楽フェスティバル」で多くの市民に音楽を体験する喜びを感じてもらう、という流れが出来た。今では「音楽の岐阜長良川ライオンズクラブ」という印象が市民に定着している。

今年も5月20日の「中学生吹奏楽フェスティバル」に先立って、19日13時から「吹奏楽クリニック」が行われた。指導を担当してくれたのは、航空自衛隊中部航空音楽隊の皆さん。1976年の部隊創設以来、浜松基地を本拠地として、主に東北南部から関西地方までの広い地域で公共的な行事の応援や演奏会を行うことを主な任務としている。今回は浜松から泊まりがけで駆け付けて、三つの中学校に分かれて指導を行った。

クリニックの所要時間は2時間弱と短いが、現役で活躍する奏者に基礎的なことから表現方法まで幅広く指導してもらえるため、生徒たちからも評判が良い。それまでは学校の先生やプロの楽団員が、一度に全部員に教えるスタイルだったが、自衛隊の担当になった昨年からは楽器パートごとに指導してもらえるようになり、より密度の濃い指導が実現している。教える側も、教えられる側も、この日が初対面。クリニックはお互い緊張の面持ちで始まるが、終わる頃にはすっかり打ち解けるようだ。指導してくれた隊員と記念撮影をする中学生たちの姿が印象的だった。


 
翌日はいよいよ本番。岐阜市民会館のエントランスに「第13回中学生吹奏楽フェスティバル&ふれあいコンサート」の看板が掲げられた。午前中のリハーサルの後、13時からの第1部は市内4校の吹奏楽部の生徒たちが3曲ずつ披露する「中学生吹奏楽フェスティバル」。そして第2部は、前日に中学生に技術指導を行った中部航空音楽隊の皆さんによる演奏。あの「長良川ふれあいコンサート」の流れをくむ演奏会だ。ふれあいコンサートの最後は、中学生と音楽隊の合同演奏となる。曲は、高校野球などスポーツの応援楽曲でもおなじみの「アフリカン・シンフォニー」。音楽隊と一緒に演奏すると自分の音まで変わった気がするという生徒も多く、かけがえのない貴重な体験となる。また、中学生たちは7月の終わりにコンクールを控えているが、その前に大きなホールでの演奏を体験出来る点でもこのフェスティバルは大事な機会である。

ふれあいコンサートの最後を飾るのは、中学生と自衛隊音楽隊の合同演奏

岐阜長良川ライオンズクラブの鷲見泰宏第1副会長に話を伺った。
「クリニックを経て見違えるほど演奏がうまくなり、自信に満ちた表情に変化する子どもたち、そして保護者の方の喜ぶ姿をこれまで何度も見てきました。クリニックやフェスティバルを経て、後に音楽の先生や音楽家になった人も出ていますから、継続してきたかいがあると実感しています」
クラブでは今後も活動を継続し、市民の音楽文化向上に貢献していきたいと話している。

2018.07更新(取材・動画/砂山幹博 撮影/田中勝明)