取材リポート 馬との触れ合いで
地元に誇りを感じてほしい

馬との触れ合いで地元に誇りを感じてほしい

岡山県真庭市北部、鳥取県との県境にある蒜山(ひるぜん)高原は、大山(だいせん)連峰の東に連なる蒜山三座(上蒜山、中蒜山、下蒜山)の山裾に広がる西日本を代表する高原リゾートだ。このコロナ禍にあっても年間144万人が訪れる県内屈指の観光地で、「西の軽井沢」とも呼ばれる。蒜山三座の中でも上蒜山の裾野には、放牧されたジャージー牛が草を食む牧歌的な風景が広がっている。この自然いっぱいの恵まれた環境で、真庭市内の五つのライオンズクラブ(336-B地区3リジョン2ゾーン/真庭、真庭旭、湯原、落合、蒜山)が毎年開催するのが「乗馬教室 in 蒜山」だ。4歳から小学6年生までの子どもに、動物との触れ合いを通じて豊かな心を育んでもらおうというのが、この活動の趣旨。上蒜山のふもとにある乗馬体験が出来る施設「蒜山ホースパーク」の協力の下、実施している。

教室では、施設スタッフが馬について説明する他、蒜山ホースパークの代表で、2016年リオデジャネイロ・オリンピックの馬場馬術個人と団体に出場した原田喜市さんが模範演技を披露する。現役選手として活動する原田さんは、蒜山ライオンズクラブのメンバーでもある。教室のメインイベントは、馬との触れ合いの時間。ニンジンを馬の口元へ差し出し食べてもらう餌やり体験で馬と仲良くなった後は、いよいよ乗馬体験だ。子どもが乗った馬を施設スタッフが引いて歩く「引き馬」体験なので、小さな子でも安心して馬と触れ合うことが出来る。
 

この事業のきっかけとなったのは、蒜山ライオンズクラブが過去に行ったアクティビティだ。蒜山ホースパークから南へ約10km離れた場所に、約1kmにわたる桜並木の参道で知られる茅部神社がある。主祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)で、背後の山に天の岩戸伝説が伝わることから、神話にまつわる祭りが開かれる。ある年の祭りで、祭り装束に身を包んだ馬に子どもを乗せて参道を歩く催しが行われ、その乗馬の手伝いを蒜山ライオンズクラブが担当した。この時、馬の手配など一切を任されていたのが、まだ入会前の原田さんだった。

その後、2005年に岡山県で「晴れの国おかやま国体」が行われることになり、本格的な馬術競技が出来る施設として蒜山ホースパークが整備された。競技場であると同時に、引退した競走馬が余生を幸せに過ごすための場所でもあり、その馬を見に多くのファンが訪れる。つまり、蒜山地域の観光を支える重要な施設でもある。

「せっかく地元に乗馬体験が出来る本格的な施設があるのだから、茅部神社の祭りの時のように、地域の子どもたちに乗馬体験をさせてあげたい」
そんな蒜山ライオンズクラブ・メンバーの思いが、祭りをきっかけに縁が出来た原田さんを巻き込んで発展していく。

新型コロナ感染症への対策として、参加者の検温を行うライオンズ・メンバー

こうして2007年、蒜山地域だけでなく、真庭市全体に対象範囲を広げた市内5クラブの合同アクティビティとして「乗馬教室 in 蒜山」はスタート。今回で16回目の開催となった。毎年各クラブが持ち回りでホスト役を務め、日程調整や保育園・小学校への案内状作成などを担当する。今年は真庭旭ライオンズクラブがホストを務めた。

参加者は各クラブ10組を上限に募集する。集客方法はクラブごとに異なるが、例えば蒜山ライオンズクラブの場合は、小学校と保育園に案内をして先着順で受け付ける。今年の乗馬教室当日の9月11日はあいにくの雨だったが、小学生ら42人とその保護者約80人が集まった。

この事業で最も苦心するのが日程調整だ。海外遠征が多い原田さんの予定と、小学校の運動会の開催日を外してすり合わせると、候補日は数えるほどになるという。もともと11月に行っていたイベントだが、今回初めて9月実施への変更に踏み切った。というのも、11月中旬ともなると蒜山一帯は日中でも冷え込みが厳しくなる。震えながら弁当を食べる親子の姿も見られたことから開催時期を見直した。 もしこれまで通り11月に開催し、この日のような雨模様に見舞われたとしたら、乗馬を楽しむどころではなかったかもしれない。

開催日が9月に変更になったのに伴い、従来行っていた弁当の配布はやめた。乗馬体験を終えた昼頃に自由解散になるので、これまでは受付時に弁当を渡していた。しかし残暑の残る9月には食中毒のリスクがあるため、隣接する観光農場施設で提供しているカレーライスとソフトクリームの引換券を渡すことにした。


 
この日は、晴れていれば屋外競技場で原田さんによる障害競技のデモンストレーションを行う予定だったが、朝から降り続く雨のため急きょ、屋内馬場へ移動して馬場馬術を披露してもらった。

「調教がしっかり出来ている馬は、『行け』と命令があるまで動きません」
原田さんが子どもたちに説明する間、馬は微動だにせずその場に直立。手綱の扱い方などを説明した後、始動の合図を送ると、馬はゆっくりと歩き出した。原田さんが送る指示によって、馬の脚の動きが変わり、早足や駆け足へと変化していく。軽快な手綱さばきに大人も子どもも見入っていた。

この後、乗馬体験をする子どもたちに、原田さんはこんなお願いをした。
「馬から降りる前に、ありがとうの気持ちを込めて馬の首の辺りをポンポンとなでてあげてください。これは馬を褒める時の合図。馬は『褒められている』と認識しますから、必ずやってあげてください」

乗馬体験のフィールドへ足を運んだ子どもたちの多くは、間近で見る馬の迫力に圧倒されたのか、すぐには近くに寄れなかったが、恐る恐る馬上の人になると硬かった表情が次第に和らいでいった。そして、馬が思ったよりもおとなしい動物だと分かると、保護者らに向かって笑顔で手を振ったり、ピースサインをしたりする姿が見られた。

クラブでは、市内に本格的な馬術競技施設があることを、市民にもっと誇りに思ってほしいと願っている。336-B地区3リジョン2ゾーンを統括する髙井保昌ゾーン・チェアパーソン(真庭旭ライオンズクラブ)は、この乗馬教室をきっかけに、子どもたちに動物との触れ合いや乗馬競技に興味を持ってもらうこと、更には、真庭市にあるスポーツ少年団の馬術部への入会者や、県内唯一の乗馬部がある県立勝山高校蒜山校地への進学者が増えることに期待を寄せている。

「競技人口の増加に少しでも寄与出来れば、地域に貢献出来たことになります。ゆくゆくは国体やオリンピック選手が育ってくれたら、我々の活動も夢が広がります」

2022.10更新(取材・動画/砂山幹博 写真/関根則夫)