取材リポート "ありがとう"を伝え合い
親子の絆育むいのちの講座

“ありがとう”を伝え合い 親子の絆育むいのちの講座

「みんな、もう一度生まれてみたくない?」
講師の助産師が子どもたちにそう問いかけ、キルティングの布で作った大きなトンネルの入り口へ一人ずつ誘導する。産道に見立てたトンネルをくぐり抜けた先には、お母さん、お父さんが手を広げて待っている。これは、6月24日にあゆみの森こども園(浜松市浜北区)で行われた「いのちを考える講座」での一コマ。自分たちがどのようにして生まれてきたのかを追体験してもらうプログラムだ。子どもは元気いっぱいに保護者の胸に飛び込み、親子でしっかりと抱きしめ合う、この講座で最も盛り上がる場面だ。

浜松ひかりライオンズクラブ(河合よし会長/14人)の「いのちを考える講座」は、幼稚園に浜松市助産師会の助産師を派遣し、年長児とその保護者に命について学んでもらう事業。胎児の成長段階を表す人形や紙芝居などを使った講座には、「命はどこから来るのか」や「一つしかない命の尊さ」について園児でも直感的に理解出来る工夫が随所に施されている。

講座を前に子どもたちとあいさつを交わすライオンズ・メンバー

2010年に結成された浜松ひかりライオンズクラブは、静岡県では唯一の女性会員だけのクラブ。命の大切さを学び、親子そろって体験することで絆を再確認出来るこの取り組みは、「着眼点が女性ならでは」と、他クラブのメンバーからも評価されている。2013年に開始すると、翌14年に県内約80のクラブが属する334-C地区内で最も優れた事業として表彰された。結成から間もない時期の受賞だったこともあり、クラブにとって重要な事業として毎年実施するようになった。

女性ならではの視点が評価されたわけだが、意外にもきっかけは同じ地区内のライオンズクラブが小学校で実施していた活動だった。2013年に開かれた地区の会合で、クラブの活動事例の紹介があり、その中の一つに「いのちを考える講座」の原型となる取り組みの発表があった。これに感銘を受けた当時のクラブ会長が「ぜひうちのクラブでも行いたい」と心を動かされたのが発端だ。

その取り組みに協力したのが浜松市内にある大学の教授であることを知ると、すぐに訪ねて、浜松ひかりライオンズクラブ版の講座開催への協力を要請した。ところが、ちょうど夏休み期間中ということもあり、対応出来ないと断られてしまった。他にもクリアしなければならない課題が見つかった。胎児の成長を説明するプラスチック製の人形が1体20万円以上する高価なものだと判明。更に、公立の小中学校で行うには、教育委員会や校長会で理解を得る必要もあると分かった。

命の大切さを伝える紙芝居「うまれてきてくれてありがとう

講師役の当てもなく、まだ実績のない結成したばかりのクラブが交渉を進めるにはハードルが高い。実現は難しいと諦めかけた時だった。浜松市助産師会が小学校を対象に類似の活動を始めたことを知った。早速、助産師会を訪ねてライオンズクラブとしてこの講座を行いたいと申し出ると、クラブ・メンバーに対してデモ講座を開いてくれることになった。実はこの時点で、自分たちがやろうとしている講座を見たことがあるメンバーは一人もいなかった。助産師会が普段、小学校向けに行っている講座を再現してもらうと、メンバーは一同に感激した。

「『命を教える』ことの大切さを改めて実感しました。他のメンバーも同じように感じたはずです。ニュースで児童虐待の問題が取り上げられることが増えていた時でしたから、自分たちが行おうとしている事業がすばらしいものだと確信しました」(河合会長)

助産師会の協力を得られることになり、次の課題は実施先だったが、こちらもすぐに解決した。クラブには幼稚園の園長を務めるメンバーが5人いて、デモ講座の後に「ぜひ幼稚園でこの講座を行いたい」と手を上げたのだ。幼稚園でなら園長判断で実施出来るし、助産師会側で小学校向けプログラムを年長児向けに変更することも問題ないと言う。また、浜松市助産師会では布製の人形を使用しているので、子どもが触っても壊れてしまうようなことはない。こうして全ての課題がクリアされ、幼稚園での「いのちを考える講座」が始まった。その後、実施先を徐々に増やし、年間5回のペースで開催している。

胎児の成長過程を表した人形に触れる子どもたち

講座を開いた幼稚園や保護者には好評で、「『産んでくれてありがとう』と子どもに言われて感動した」 「子どもをあんなに強く抱きしめたことがなかった」などの声が数多く届いている。この日の講座でも、助産師に「『生まれてきてくれてありがとう』『産んでくれてありがとう』と言って、ぎゅっと抱きしめてあげて」と促されると、どの親子も笑顔を浮かべて向き合っていた。

意外な所からも声がかかった。最初に講師の依頼を断られた大学からで、幼児教育科の学生向けに講座を行ってほしいという話だった。確かに、幼い子どもたちを育てるために勉強中の学生にとって、「いのちを考える講座」から得るものは多いはずだ。学生向けにはこれまで3カ所で講座を実施し、一定の評価を得ている。

親から子へ、子から親へ、体を使った愛情表現

クラブとしては幼稚園向けと学生向けの講座を並行して行っていきたいところだが、そう簡単ではない。この活動は助産師の派遣費用をクラブが負担することで成り立っているが、コロナ禍の影響でわずかながらクラブ・メンバーが減り、活動の原資が減少しているという事情がある。また、講座に同行するメンバーの人数を幼稚園側から制限されるようになり、メンバー皆で講座を見守って感動を共有することが出来なくなった。この状態が長引くと継続が危ぶまれることにもなりかねない。そこでクラブでは、出来るだけ新会員にこの講座を見てもらい、活動の意義を伝えるようにしている。

日常生活の中で、親子が「生まれてきてくれてありがとう」「産んでくれてありがとう」といった言葉をかけ合うこと、尊い命を得た喜びを確認し合うことはなかなかない。出来そうで出来ない機会を創出し続けているこの活動を、どうか末永く続けていってほしい。

2022.08更新(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)