取材リポート 転んでもゴールを目指す
小学生一輪車競走大会

転んでもゴールを目指す小学生一輪車競走大会

一輪車の原型は、「ペニー・ファージング」と呼ばれる前輪が大きく後輪が小さい自転車だと言われている。19世紀後半に誕生し、主に曲芸用に普及してきた。日本に一輪車が紹介されたのは1910年(明治43年)のこと。アメリカの曲芸師により、並外れた技能と器用さがなければ扱えない、サーカスの代表的な出し物として伝えられた。現在も海外では曲芸用の乗り物として認知されている。

一方、日本では多くの小学校に普及しており、子どもの遊びや運動として認識されている側面が強い。これには故・前田充明氏の功績が大きい。くしくも一輪車が日本に紹介された年に生まれた前田氏は国立競技場理事長を務めていた66年、一輪車に乗っている子を見かける。楽しそうなその姿から、一輪車は楽しく美しく健康的なスポーツだと感じ、日本に広めようと考えた。前田氏は78年に任意団体「日本一輪車クラブ」を設立(現在は公益財団法人日本一輪車協会)。乗り方の指導や普及に努めた。81年には財団法人日本宝くじ協会の助成を受け、全国に一輪車を寄贈。これを機に一気に日本中に広まった。また、89年に行われた学習指導要領の改訂で小学校体育の授業の教材として一輪車が採用され、現在では授業で取り上げられているところも多い。

この一輪車を題材に地域を盛り上げているライオンズクラブがある。それが出水(いずみ)ライオンズクラブ(小倉幸夫会長/54人)だ。出水市教育委員会の後援を受け、出水ライオンズクラブ旗争奪小学生一輪車競走大会を継続して実施している。今年も10月16日に出水市内の高尾野多目的運動場で開催した。今大会には地域の小学校14校が参加。約180人の子どもたちが日頃練習してきた成果を披露した。

実施される競技は3種目だ。スピードを競う70mスプリントは低学年、中学年、高学年に分けて実施。コースに置かれたコーンにぶつからずにいかに早く往復出来るかを競うスラローム競走は4人1組のチームで参加し、1番速かった子のタイムをチームのタイムとして予選と決勝を行う。そして最も応援に熱が入るのが一輪車リレーである。予選上位のタイムだった16チームが決勝トーナメントで2チームずつ直接対決をする。

この大会はクラブが結成50周年を迎えた翌年の2013年から始まった。今回で9回目となる。当時、クラブは青少年を対象としたスポーツ事業を模索していた。また、出水市教育委員会は小規模校への啓発事業に取り組んでおり、市が主催していた一輪車大会の規模拡大を計画していた。一般に、球技などのスポーツ大会は規模の大きな学校が有利になりがちだが、一輪車大会では誰もが努力した分だけチャンスがある。クラブの青少年育成事業としてふさわしいものだと感じられた。そこで、市と連携してクラブの名前を冠した一輪車大会を新たにスタートさせた。肥薩おれんじ鉄道がJR九州から第3セクター方式に移管されたこともあり、当初は鉄道沿線にある熊本の小学校にも参加を呼びかけ、「肥薩対抗」をコンセプトに実施した。また、14年には完成したばかりのクレインパーク花公園のPRとして大会を開催。順調に回数を重ねていった。

そんな中、市が主催していた一輪車大会の方は運営が難しくなっていた。そこで18年に両大会を統合。出水市の秋のイベントである出水市大産業祭に合わせて開催時期を変更し、出水ライオンズクラブ主催の年1回の大会に集約させた。大会時にはレモネードスタンドを出店し、売り上げを小児がん対策への寄付に回すなど、工夫を凝らしている。そうした努力もあり、大会はすっかり地元に定着。子どもたちにとっては目標となる大会になっており、保護者の応援も熱が入る。

一輪車競技は基本的に個人の技術によって成り立っている。一方で個人が集まることでマスゲームのような演技的な構成も可能となる。また、自転車と同じで一度会得した技術は体が覚えているため、失われることも少ない。背筋力が鍛えられ、平衡感覚、反射神経、集中力が養われるといったメリットがある。クラブでは学校に一輪車の寄贈も行っている。

大会当日はライオンズクラブ・メンバーが音響設備の準備、計測の補助、駐車場の誘導などを行う。今回は新型コロナウイルス感染症対策として、競技中以外はマスクの着用を呼びかけ、当日の体温を含めた健康状態をシートに記入して提出してもらっている。今年の鹿児島は10月になっても季節外れの暑い日が続いていた。熱中症にならないよう、水分を取るよう呼びかけも忘れない。

クラブがこの事業を通じて実感したのが、子どもたちのひたむきさだ。あるメンバーが別の用事で学校を訪れた時、放課後にも一輪車の練習をしていて驚いたという。クラブの継続事業として定着するまではあまり積極的ではないメンバーもいたが、一度大会に参加すると「これは続けなければいけない」と考えを変えるという。何度転んでも起き上がってゴールを目指す姿に感銘を受けるのだ。子どもたちが気持ちよく日頃の練習の成果を出せるようにと、メンバーたちも自分の与えられた仕事に全力で取り組む。これがクラブ全体の一体感にもつながっており、大会実施以前と比べて団結力が高まっているという。

昨年と今年の大会はコロナの影響で参加者が減るかと思われたが、ふたを開けてみると参加人数は例年とほぼ同じ。それだけ子どもたちが楽しみにしている証拠だろう。継続していると、毎年のように好成績を残す学校もはっきりしてくるようだ。強豪校に勝ったチームは保護者を含めて大喜び。一方でどんなに差が離れていても、最後まで全力を尽くす子どもたちに、見ている保護者からは学校の分け隔てなく惜しみない拍手が送られる。すっかり地域に定着した一輪車大会は、今年も子どもたちの思い出に残ったことだろう。

2021.12更新(取材・動画/井原一樹 写真/関根則夫)