取材リポート ほうき作りと"魔法"を
教えるライオンズ

ほうき作りと”魔法”を教えるライオンズ

旧丹波国の南にあったことからその名が付いた丹波篠山(たんばささやま)市の丹南地区。現在は市内の西部を占め、京阪神から1時間圏内でありながら周囲には里山の原風景が広がるエリアだ。行政機関などが集まった中心部にある市立味間認定こども園の5〜6歳の年長組園児を対象に、11月10日、丹南ライオンズクラブ(雪岡尚弘会長/15人)が「魔法のほうきプロジェクト」を実施した。

「魔法のほうき」とは、秋に紅葉した後に枯れて、ほうきを作れるほどの硬さになる一年草のコキアのこと。「ホウキグサ」「ホウキギ」の名で呼ばれ、実際にほうきとしても利用されている。国内では1万株のコキアが一斉に赤くなる国営ひたち海浜公園(茨城県ひたちなか市)の絶景が有名だが、近年は園芸店などでも見かけることが多くなった。同こども園でも2020年7月からプランターに植えられたコキアに園児らが水やりをして大切に育ててきたので、おなじみの植物だ。

丹南ライオンズクラブが15年前から実施しているのが、子どもたちと自然の中をウォーキングする「歩育で保育」

この日、ライオンズのメンバーは四つの組に分かれた園児らの前で、コキアがほうきになるまでのプロセスを説明し、子どもたちと一緒にほうきが完成する直前の作業を行った。実はこの取り組みはライオンズとしても初めての試みで、あるメンバーの経験をきっかけに誕生した。

このプロジェクトのために用意した全てのコキアは、クラブの小田切正太広報委員長が昨年の春にたまたま個人的に購入し自宅で育てていた2株のコキアから採取した種から育てたものだ。小田切さん本人はコキアがほうきになることは知っていたが実際に作ったことはなく、家族はほうきになることも知らなかった。ならばと、作り方を調べて作ってみることに。秋、紅葉したコキアを楽しんだ後、刈り取って庭でほうきを作り始めると、近所に住む子どもたちが集まってきた。作業工程を興味深そうに眺めていたので、完成した4本のほうきを渡すと殊の外喜んでくれたという。これが小田切さんにとっての魔法のほうきプロジェクトの原体験だ。

一方で、昨年は長引くコロナ禍を鑑みて、クラブが長年継続してきた「歩育で保育」の実施が見送られた。15年前に青少年育成事業の一環として味間こども園の前身の保育園に声掛けをして始まったもので、子どもたちに自然の豊かさを感じてもらうために園児とライオンズが一緒に園の近所を散策するというものだ。

11月の紅葉が美しい時期に友達やライオンズのおじさん、おばさんと共に散歩をして景色を楽しむだけではなく、コースの途中の広場や園に戻ってからの遊戯室で手品やバルーンアートが披露されるなど趣向を凝らしたさまざまなアトラクションが行われる楽しいひと時であった。

楽しみにしていた子どもたちには申し訳ないが、コロナ禍を契機にクラブの取り組みを一度整理してみるにはむしろ良いタイミングだったのかもしれない。というのも、丹南ライオンズクラブを包括する335-A地区のガバナーのスローガンには「変革」が掲げられ、提示された重点項目には「SDGs(Sustainable Development Goals〈持続可能な開発目標〉)の活用」という言葉もあった。だが、丹南ライオンズクラブの既存の取り組みの中にはSDGsに当てはまるものはない。既存路線を大切にしながらも少し形を変えて、継続して出来るものをどのようにして活動に取り入れていくかがクラブ内で検討された。この時、案として上がったのがコキアのほうき作りだった。

コキアの細い枝にはたくさんの種が付いていて、昨年4本のほうきを作った際に小田切さんはこの種を丁寧に採取していた。つまり、種は既にあるので、お金をかける必要はない。子どもも大人も楽しめる点は実証済みで、何より実施の時期とコキアがほうきになる時期がぴったり重なったのが大きかった。クラブ内で検討した結果、既存の「歩育で保育」の枠組みの中で、これまで行っていたアトラクションの代わりにコキアのほうき作りを行うことが決まった。

小田切さんは今年4月に採取してあった種を自宅の庭に植え、200本近くの苗を育てた。間引きして最終的に140本ほどになったものを7月にメンバーやこども園へ引き渡し、みんなでそれぞれ大切に育てた。こども園で園児らが育てているプランターのコキアはこの時やってきたものだ。

ちなみにコキアの種の外皮をむき、茹でたものが「畑のキャビア」とも呼ばれ秋田県を中心に東北地方でよく食べられているプチプチ食感が特徴の「とんぶり」。ただし、今回プロジェクトのために育てたコキアは観賞用で、実を食べることは出来ない種類とのこと。

コキアは比較的育てやすい植物だが、今年の前半は雨が多く、後半が暖かかったことが影響してか成長が遅れた。当初は98人の年長組園児全員に行きわたるコキアを育てていたが間に合わず、用意出来る分だけで「魔法のほうきプロジェクト」当日を迎えることになった。

丹南エリアの中心部に位置するこども園だが、一歩園庭の裏に回れば豊かな自然が残り、絶好の散歩コースが広がっている。2年ぶりとなる「歩育で保育」の散歩に先立ち、クラブは5種類の樹木を寄贈し植樹。園児らにも手伝ってもらった。その後、みんなで園の裏手を一緒に歩き、再び園に戻って来たら、いよいよ魔法のほうき作りの始まりだ。

最初に行ったのは、コキアの茎にたくさん付いている種を、くしを使って落とす作業。続いて、既に取り付けられている竹の柄とコキアの連結部分に色とりどりのリボンを飾り付けた。竹は事前にライオンズ・メンバーが近隣の山から切り出し、園児らが怪我をしないよう節をきれいに削り取ったもの。完成したコキアのほうきを使った最初の作業は、先ほど床のシートに落とした種を1カ所に集める作業だ。この種は来年の春に植え、次に年長組になる園児たちが魔法のほうきを作る分の材料となる予定だ。クラブでは今後も毎年園児一人につき1本のコキアほうきを一緒に作り、作ったほうきを使って自分で掃除をするサイクルを作り出したいと構想している。また、同じような取り組みをしたいと考えるライオンズクラブがあれば、やり方を共有したいとクラブでは考えている。興味のあるクラブは丹南ライオンズクラブ事務局(tannanlions@gmail.com)に連絡してほしいとのことだ。

ところで、コキアで作ったほうきを「魔法のほうき」と呼ぶ理由だが、魔法使いがまたいで飛ぶほうきに形が似ているからというのもあるが、丹南ライオンズクラブではそこにもう一つ意味を加えていたのが印象的だった。小田切さんはこう語る。

「種をまいて生まれてきたコキアですが、知恵を使って工夫したことでお掃除が出来るほうきに仕上げることが出来ました。最初は種のように小さなものでも、工夫次第で楽しく便利に使える道具を作り出せる。これこそが本当の『魔法』です。みなさんもこれからたくさんの魔法を使ってくださいね」

2021.12更新(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)