取材リポート 群落の再生を目指す
アサザプロジェクト

群落の再生を目指すアサザプロジェクト

茨城県小美玉市内にある生涯学習施設「やすらぎの里小川」の広大な敷地内で静かに水をたたえる万寿池・千寿池。水面には、4年前に常陸小川ライオンズクラブ(石井旭会長/20人)が植え付けしたアサザが黄色い花をつけていた。

アサザは、湖沼や池の浅場に群生する浮葉性の多年草で、根を底土に下ろし、ハートの形をした葉を水面に浮かべる水草だ。初夏から9月にかけて、フリルのような花びらの黄色い花をつける。かつては日本各地でよく見られ、霞ケ浦は北浦と併せて日本最大の自生地だったが、近年は激減し国の準絶滅危惧種に指定されている。同クラブは、このアサザを育成し、植え付け出来る状態にして地元小学校に提供する活動を約20年にわたって行っている。

7月3日は、恒例となっている小美玉市立玉里東小学校の児童にアサザの植え付けを行ってもらう「アサザプロジェクト」の日で、ライオンズクラブのメンバーと児童らが霞ケ浦湖岸に集った。クラブが用意した75株の苗木を一つずつ抱えた児童らは膝上まで水に入り、泥だらけになってアサザを一株ずつ丁寧に手植えした。

取り組みの始まりは2000年頃にさかのぼる。霞ケ浦湖畔をエリアに活動するライオンズクラブが集い、霞ケ浦浄化について考える「霞ケ浦浄化ライオンズ会議」が開催されたことがきっかけだ。開催場所やホスト役は参加クラブの持ち回りで、00-01年度に常陸小川ライオンズクラブがホスト役を担当することになった。担当クラブは霞ケ浦浄化のために何が出来るかを考え、事業を立案するのだが、同クラブは環境悪化が原因で絶滅の危機に瀕していたアサザに着目した。

早速、湖岸植生帯を復元することで霞ケ浦の浄化活動を進める特定非営利活動法人「アサザ基金」の協力を得て、アサザ植栽の計画を立案。クラブのメンバー有志が自宅でアサザを育成し、育てた苗をクラブ単独で霞ケ浦に植え付けるアサザプロジェクトは、01年に産声を上げた。ちなみにアサザ基金にも同名のプロジェクトがあるが、こちらはライオンズ独自のものだ。

近隣の小中学校とは、当時主催していた「新春ライオンズ・マラソン大会」で接点があり、各校でビオトープを設置し出した頃だったので、ビオトープにアサザの苗を贈呈する活動も始めた。03年からは、玉里東小学校エコクラブと共同で霞ケ浦へのアサザの植え付けを開始。エコクラブはもう既にないが、現在は「特色ある教育」の一環として全校児童が6年間携わる恒例事業となり、アサザプロジェクトのメインの取り組みとなっている。

特に4年生はつい先日、総合的学習の時間で県の環境センターを訪れ、家庭から出される排水が霞ケ浦を汚染したことを学んできたばかり。
「人間の手で汚してしまったのだから、人間の手で奇麗にしなければならない」という思いは殊の外強いようだ。というのもアサザプロジェクトで、水に入ってアサザを植えることが出来るのは4年生から。3年生以下の下級生は水深の関係で水には入らず、湖岸に捨てられたゴミ拾いを担当。毎年、かなりの量のゴミを拾い集めている。この行事に長く関わっている教員に話を伺った。

「このアサザの植え付けは、霞ケ浦のほとりにある当校に代々受け継がれてきた行事です。今日植え付けを行ったこの場所も、今でこそこんもりと植物が生い茂る丘のようになっていますが、アサザを植え始めた頃は、周囲と同様、ここの岸辺も護岸で固められていました。植えたアサザが水面で葉を広げることで、水の動きを弱め、マコモやヨシなど他の水生植物が育ちやすくなり、徐々に植物が増えていったようです。時が経って今ではこんなにさまざまな植物が見られるようになりました。20年の活動が蓄積されてきた場所です」

先生の話を聞いて気付いたが、意識して耳を傾けると、実にさまざまな種類の鳥の鳴き声が聞こえてきた。水中の窒素やリンを吸収することで、水質浄化に一役買うというヨシなどの植物が「茅場」と呼ばれる茂みを形成し、鳥にとって格好のすみかとなっているのだ。

今回植え付けをしたのは、比較的浅く子どもでも作業しやすい場所で、打ち寄せる波から植え付けたばかりのアサザを守るための丸太の囲いも施されていた。ただ、それでもアサザの定着は困難を極めるという。
「毎年同じ場所にアサザを植えているのですが、根付いても白鳥やコイといった生物に食べられることもありますし、波が立つと根こそぎ取り除かれてしまいます。特に近年、人為的に霞ケ浦の水位を上昇させたことによって発生した強い波が原因でアサザが思うように根付かず、前年に植えたものが少しだけ残るといった状況が続いています」
とは、常陸小川ライオンズクラブ・アサザプロジェクト委員会の石庭正太郎委員長。

1990年代には霞ケ浦に10カ所あったアサザ群落のうち、最後に残った群落も昨年消滅してしまっただけに、アサザを根付かせて繁殖させるこのプロジェクトには大きな期待が寄せられている。

この日、作業に参加した玉里東小の児童は30人。下級生のゴミ拾い班と、上級生の植え付け班に分かれて、それぞれの活動を開始した。
「苗はポットの底を切り取ってあるので、ポットから苗を外さずにそのまま植えて、針金で挿して固定してください」
と、子どもたちに苗を渡しながら石庭委員長が注意事項を説明。以前はポットを外して植えていたが、根が抜けて流れやすいため最近はポットごと植えている。ポットはしばらくすると溶ける素材にし、環境に配慮している。

植え方の説明をしっかり聞いた後、植え付け班は苗を持って植栽場所へ移動した。この日植える苗は、根と茎がしっかりしている2年目のアサザ。全てライオンズ・メンバーが自宅で大切に育てたものだ。アサザの育成には浴槽を利用する。7〜8桶を庭に置き、水を張ってアサザに十分な日光を当てて育てている。

作業日は、いつもより水かさが多く、子どもたちは植え付けに苦労していたが、30分ほどで全てのアサザを植え終えた。このまま順調に育てば、1カ月後には黄色い可憐な花を咲かせる。葉が水面を覆うようになるまでには1年ほどかかり、2年も経てば茎もしっかりしてくるので、湖面に波が立っても耐えられるようになるそうだ。

「もともとは霞ケ浦の水質浄化が目的で始めたプロジェクトでしたが、子どもたちがアサザの植え付けを行うことで、子どもたちに自分の住んでいる地域の自然環境を守ろうとする意識が芽生えているようです。今では、古里への思いを育んでもらうことも大きな目的となっています」(石庭委員長)

クラブとしても植え付けエリアを拡大したい思いはあるが、数年先に玉里東小の学校統合が決まっており、活動そのものを今後どうしていくかを現在検討中である。児童らと一緒に活動出来るのもあとわずかかもしれないとあって、泥だらけになって植え付けを行う児童らを見守るライオンズのメンバーのまなざしはいつにも増して情感が漂っているような気がした。

植え付け終了後もライオンズ・メンバーの仕事は終わらない。この日植えた75株分のポットに代わって新たに苗を作って水に沈める作業を行った。この苗は、再来年の植栽に利用される。

2019.08更新(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)