フォーカス亡き娘と共に歩み続ける
障がい者福祉の道

亡き娘と共に歩み続ける 障がい者福祉の道
元自宅を改装した障がい者短期入所施設「みずほの家」に飾られた瑞穂さんの写真の下で

城下町の丹波篠山には、デカンショ節と日本六古窯の一つ丹波焼という二つの日本遺産(文化庁認定)があり、篠山城址からほど近い河原町の町並みは重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。私は篠山城址のすぐそばで生まれ育ち、小、中、高とお城の周りにあった学校へ通いました。3年半前、それまで住んでいた自宅を改修して障がい者短期入所施設を開設し、昨年12月にはその隣の両親の家があった場所に障がい者グループホームを建てました。こんな町の中心に障がい者福祉施設を作るのに、周囲から反対の声が上がらなかったのは、娘の瑞穂がいたからです。重度障がいで自分では歩くことも出来なかった娘を、妻は車椅子に乗せてよく外出していました。近所の皆さんはその姿を見守り、何かと気遣ってくれていたんです。

もともと旅行好きだった私は、大学を卒業して全日空に就職し、最初の勤務地だった北海道の千歳市で長男と次男が生まれました。長女は大阪勤務時代に丹波篠山で生まれたので、豊かな田園風景から「瑞穂」と名付けました。元気に生を受けた瑞穂でしたが、生後40日目に異変が起こりました。けいれんが止まらないのです。医師からはヘルペス脳炎を発症したこと、生存率は50%で、回復したとしても重い後遺症が残る可能性が高いことを告げられました。一命は取り留めましたが、自分で手足を動かすことも、話すことも出来ない、重度の障がいが残りました。生命の危機を脱してからも、娘は何度となく入退院を繰り返し、2人の兄を祖父母に預けて家族が離ればなれの生活が続きました。私は仕事に行くことで逃げ場がありましたが、24時間の介助が必要な娘の世話は、妻に任せ切りの状態でした。精神的に追い詰められた妻が娘を連れて家出したこともあります。この5年間は本当に辛く苦しい時期でした。

設立に携わったデイケア・センターは現在はNPO法人いぬいふくし村となり、地域の人たちに支えられながら活動している。施設内のカフェは近隣の人たちの憩いの場

7歳になった娘は、当時篠山小学校に併設されていた篠山養護学校小学部へ、母子通学を条件に入学出来ることになりました。親元を離れて都市部の重度障がい児療養施設に入所することを覚悟していただけに、家族が篠山で一緒に暮らせる幸福に涙が止まりませんでした。妻は娘を車椅子に乗せて出掛けるようになり、息子が出場する野球大会は一緒に観戦に行きました。娘に外の世界を見せたいという気持ちと共に、2人の息子に愛情を注ぐ時間を作りたかったのだと思います。私はというと、38歳で全日空を退社して篠山で旅行会社を始めました。カッコよく言えば、障がいのある娘と2人の息子に寄り添う時間を作りたかったということになりますが、生計を立てるために仕事に追われる日々が続いていました。

娘が篠山養護学校高等部2年生の時、PTA会長の役が回ってきました。それまでは娘の学校のことも福祉の手続きのことも妻に任せていたので、その時になって初めて、保護者のお母さん方の思いや悩みを聞くことになりました。養護学校を卒業すると支援の手厚さが全く違いますから、福祉制度の面でも資金の面でも、みんな大きな不安を感じていました。それならば、自分たちで身の丈に合う施設を作ろうと、養護学校PTAの有志で障がい者小規模作業所を作りました。医療的ケアが必要な方にも対応出来る看護師さんのいる作業所にしようという無謀な取り組みでしたが、自分の娘のこともあって駆り立てられたんですね。現在はNPO法人いぬいふくし村となって、今年で15周年を迎えます。最初は苦し紛れで地域の皆さんに頼るしかないというところもありましたが、途中から障がい者に対する理解を広めていくのも大事な役割だと気付いて、地域参加型の福祉事業所を目指して活動しています。さまざまなボランティア・メニューを用意して、市民の皆さんや団体にそれぞれ自分に出来る支援をしてもらっています。例えば篠山ライオンズクラブでは、作業所の2階の会議室を例会場に利用し、食事は施設内のカフェのお弁当を注文してくれています。

「みずほの家」の隣に建てた障がい者グループホーム「ななつ星」は、2018年度グッドデザイン賞を受賞

いつも笑顔を絶やさなかった娘は、平成21年11月1日、家族に見守られながら24歳の生涯を閉じました。それから5年が経ち、娘との思い出が詰まった自宅で、家族と共に障がい者短期入所施設「みずほの家」を始めました。障がい者の日中の居場所になる施設はあっても、夜間に利用出来る施設は少ないんです。施設が足りないし、福祉の仕事に対する報酬が少なく人材が不足している中で、夜勤をする人を確保することは難しい。NPOいぬいふくし村でも、日帰りの人たちをお世話するので精一杯で、夜間のお世話をするのは無理でした。それなら自分たちでやろうと家族で始めたのが、みずほの家です。介護者が体調を崩したり、リフレッシュが必要な場合や、障がい者の自立に向けた訓練のために利用してもらう宿泊施設で、家庭的な温かみのある空間で利用者を迎えています。隣に建てた障がい者グループホーム「ななつ星」は、地域の中で日常生活を送れる場所として開設しました。国や兵庫県は障がい者を大きな施設に入所させるのではなく、出来るだけ町の中にグループホームを作って地域住民との関わりの中で人生を送れるよう支援するべきだと言っていますが、まだまだ施設が少ないんです。「ななつ星」という名前は、施設の定員6人に娘の瑞穂を加えた7人にキラキラと輝いてほしいという願いを込めました。

幼い時から寂しい思いをさせた2人の息子たちも、二つの施設で一緒に働いてくれています。娘のおかげで本業になった障がい者福祉事業の道を、これからも家族で歩み続けていきたいと思っています。


1955年兵庫県篠山市生まれ。航空会社勤務、旅行会社経営を経て、現在は障がい者短期入所施設「みずほの家」、障がい者グループホーム「ななつ星」を運営する株式会社みずほ会長。介護福祉タクシー事業も手掛ける。心のバリアフリー音楽祭「兵庫・篠山とっておきの音楽祭」を主宰。障がい者と地域のつながりを作ることに尽力し、これまでにひょうごユニバーサル社会づくり賞知事賞、篠山市功労賞、井植文化賞、ベストファーザー賞IN関西を受賞。「ななつ星」設立による地域共生型の障がい福祉事業所の実現が評価され、2018年度グッドデザイン賞(地域・コミュニティづくり)を受賞した。91年篠山ライオンズクラブ入会、06年度クラブ会長。