取材リポート ライオンズ特製鴨鍋で
本物の味わいを

ライオンズ特製鴨鍋で 本物の味わいを

同じ「寒い川(河)」の名を持つ縁によって、神奈川県中央部にある寒川町は、山形県随一のサクランボ産地として知られる寒河江市と1990年から姉妹都市提携を結んでいる。また、それをきっかけに、互いの市町の組織や団体同士が姉妹関係となっているケースも多い。寒川ライオンズクラブ(久留主繁会長/30人)と寒河江臥龍ライオンズクラブ(水戸部良樹会長/59人)も92年から姉妹関係にあり、交流を深めてきた。そして、この絆が生んだ最高傑作とも言えるのが、毎年11月に寒川町産業まつりで販売されるライオンズ特製の「鴨鍋」だ。両クラブのメンバーが材料を持ち寄り、協力して作り上げる季節の味は人気が高く、毎回産業まつりの終了を待たずに完売してしまう。

寒川ライオンズクラブが寒河江臥龍ライオンズクラブと共に毎年参加している産業まつりは、寒川町内の主要な団体が参加する、町で一番大きな催し。産業の発展と郷土意識の向上を目的に、各種模擬店が出店される他、農産物の品評会などさまざまな催しが行われる。会場となるのは町役場に隣接し、広大な敷地を持つさむかわ中央公園。寒川ライオンズクラブにとってはなじみの深い公園だ。クラブは毎年2回、この公園からJR寒川駅まで約1kmの道路沿いに3000株以上の花を植える活動を行っている。春のベゴニア、秋のパンジーの植栽には中学生を始め100人近くが参加。毎月1回の除草作業には約30人のボランティアが参加し、共に汗を流している。

11月17日の産業まつり当日、開始時間の10時までまだ3時間もあるというのに、公園内各所でブースの設営が始まっていた。ライオンズのブースでは、バックヤードに既に鴨鍋を煮るガス台が整然と並び、テントの下では数人掛かりで大量の豆腐や白滝を切る作業が行われていた。およそ1000杯分の鴨鍋を作るのだから、準備だけでも大変だ。

寒川ライオンズクラブが産業まつりに参加するようになったのは84年。姉妹提携の翌年の93年からは寒河江臥龍ライオンズクラブと鴨鍋を共同出店するようになった。寒河江臥龍ライオンズクラブからは最初、山形名物の芋煮を販売してはどうかと提案があったが、芋煮は既に別の団体が提供している。ならばと、山形で芋煮と並んでこの時期によく食べられている鴨鍋を販売することになった。鴨鍋に使う材料は両クラブで受け持ちを分担。寒川は豆腐や白滝の他、ネギやゴボウを用意する。ネギとゴボウは前日に半日がかりで下ごしらえを済ませたものだ。残りの食材は寒河江の担当となる。

9時少し前に寒河江臥龍ライオンズクラブがバスで到着すると、ブースに大量の材料が運び込まれた。山形からやって来た材料は、鴨肉とキノコと里芋。山形のものでなければ味が決まらないからと、酒と醤油も持参した。全ての材料が運び込まれると、早速、寒河江のメンバー数人がガス台の前に立ち鴨肉を炒め始めた。皆手際が良く、動きに無駄がない。

醤油と砂糖と酒で味付けされた鴨肉は、汁ごと里芋が入った鍋に投入された。この山形の里芋は下ゆでなしで柔らかく煮え、関東のものとは食感や味が微妙に異なるのだそうだ。鍋には更に、ゴボウ、白滝、豆腐、キノコと入れていくのだが、このキノコがまたすごい。トビタケにハナタケなど、ナメコ以外は耳慣れない名のキノコが全部で7種類。いずれも出羽三山の主峰・月山のふもとで採れた天然ものだ。この秋、地元の人たちに頼んで採ってもらった。これだけの種類は、寒河江の人たちでもめったに食べることが出来ないそうで、このキノコだけでも相当の価値がある。

「芋煮が有名な山形ですが、鴨鍋もキノコ鍋もよく食べられています。特にナメコのようなぬめりのあるキノコが鍋に入ると味が格段に良くなります」(寒河江臥龍ライオンズクラブ・メンバー)

28年の間に試行錯誤もあった。最初の頃は市販のミックス山菜を入れるなどもっと具だくさんだったが、次第に具はシンプルかつ本物志向に。いつしか「月山が誇る天然キノコの味を楽しめる鍋に」と、現在の鴨鍋のスタイルが確立された。山形ではあと1週間遅ければ、気温がグンと下がってキノコが採れなくなる。天然ものが採取出来るギリギリのタイミングでこの産業まつりが開催されるとあって、「寒川町の人たちに本物を食べてもらいたい」という一心で、寒河江臥龍ライオンズクラブのメンバーは天然キノコをかき集めてくるのだ。

ところで、この鍋の名称は「鴨鍋」なのだが、皆さんなぜかキノコの話ばかり。中には「鴨肉はなくてもいいのかも」と、本気ともつかないことを言う人もいる。それほど本物のキノコの味を知ってほしいという思いが強いのだ。全ての具材を入れ終えた後、醤油で味を調え、しばらく煮込んで里芋に味が染み込んだらライオンズ特製鴨鍋の完成だ。味見をさせてもらうと、確かにキノコのだしが利いていて、噛みごたえのある鴨肉からのだしも加わって旨みの相乗効果が感じられる。やはり鴨肉もなくてはならない存在だ。

鴨鍋は一杯300円で販売されるが、実際は原価が販売価格を大きく上回る。そんな気前の良さと、味の良さからリピーターも多い。慣れたお客さんは、大型の容器や鍋に鴨鍋を詰めてもらい、持ち帰って家族と共に食べるという。その場で味わって、急に3人前、5人前を持ち帰りたいという人がいても大丈夫なように、大中小の持ち帰り用容器も有料で用意している。

寒い日の方が売れ行きがよいというが、この日はお昼に近づくにつれ気温が上がり、上着を脱いで歩く人が目立つ行楽日和。それでもライオンズのブースには終始お客さんが訪れていた。列で待っているお客さんには山形から持ち込まれた地酒とラ・フランスが無料でふるまわれ、喜ばれていた。

売上金の一部は、両クラブから地元の社会福祉協議会へ寄付することになっており、午後にはブース前で寄付金の贈呈式も行われた。

会場内では献血の協力呼び掛けも行った

「11月には鴨鍋のために寒河江の皆さんが来てくれますが、毎年6月には『さくらんぼ訪問』と銘打って寒川のメンバーが寒河江市を訪問して懇親会を行っています。年に2回は必ず顔を合わせていることもあって、年を重ねるごとに両クラブのメンバー同士の絆も深まっていると実感します」(寒川ライオンズクラブ・小野寺四郎さん)

気温の高さもなんのその、13時には鴨鍋は完売。まつり出店者の片付けは15時からという決まりがあるので、残りの時間は両クラブのメンバー同士、互いにこの日の労をねぎらっていた。

2020.01更新(取材・動画/砂山幹博 写真/宮坂恵津子)